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母としての役割を完遂。プレッシャーから解放されたとき…
「まさか、あんなに活動的だった妻が、食事も摂らずに寝込むようになるとは思ってもみませんでした」
そう語るのは、都内の大手外資系企業に勤務する加藤正昭さん(55歳・仮名)です。年収は2,000万円を超え、都心マンションのローンも完済間近。ひとり息子の聖也さん(18歳・仮名)は超難関の関西の国立大学に現役合格したばかりで、妻の美由紀さん(52歳・仮名)は、誰もが羨む「完璧な母」でした。
加藤家は代々、医師や法曹を輩出してきた家系です。正昭さんの父も医師であり、正昭さん自身も年収2,000万円を超えるエリートサラリーマン。美由紀さんにとっても、息子を一流大学へ入れることは結婚当初からの至上命題でした。
「妻は、家系に対する責任感を強く持っていました。息子が小学生のころから、塾の送迎はもちろん、勉強の進捗管理、講師との面談、さらには体調管理のための徹底した食事制限まで。彼女の生活の100%が息子のために捧げられていたといっても過言ではありません。それは中学受験後も変わらず、周囲のママ友からも、その徹底ぶりは一目置かれていました」
聖也さんは第一志望の難関大学に見事合格。美由紀さんは「やった! 合格よ!」と、本人以上の喜びようだったといいます。しかし、聖也さんが寮生活を始めた直後から、美由紀さんの様子は一変。正昭さんは、その異変を鮮明に記憶しています。
「息子を送り出した翌日、帰宅すると家の中が真っ暗だったんです。普段なら完璧に整えられている夕食もなく、妻は寝室で横になったままでした。最初は受験の疲れが出たのだろうと思っていましたが、1週間経っても、1ヵ月経っても、状況は変わりませんでした」
美由紀さんは家事がほぼ手につかなくなり、身だしなみにも無頓着になりました。正昭さんが声をかけても、「何をすればいいのかわからない」「体が動かない」と力なく繰り返すだけだといいます。
現在、美由紀さんは正昭さんに付き添われ、メンタルクリニックを受診。重度の空巣(あきす)症候群を背景とした適応障害と診断されたそうです。家系の期待に応え、完璧な役割を演じきった果てに待っていたのは、家族の誰とも共有できない、深い自己喪失の淵だったのです。
「妻は、母として、息子を一流大学に入れることのすべてを懸けてきたのでしょう。それが完遂され、さらには息子が自宅を離れた途端、『母としてのアイデンティティ』がなくなってしまった。妻はこれから先、何のために生きていけばいいのかわからなくなってしまった……私がちゃんと支えてあげたら、こんなことにはならなかったのに」
