熟年離婚は今や珍しい話ではありません。長年の不満を抱えた末、退職金や年金分割制度を見据えて離婚を選ぶケースも増えています。しかし、その判断が思わぬ誤算につながることもあります。年金分割への期待を支えに60歳で離婚を決断した女性の事例を通じて、老後資金設計の見落としが招く現実をみていきます。
「これでやっと自由になれる!」〈退職金2,200万円〉60歳夫を捨てた妻。〈年金分割〉をアテにした生活がわずか半年で破綻した「残酷理由」

結婚35年「もう我慢しなくていい」

「これでやっと自由になれる。あなたの顔を見ながら老後を過ごすなんて無理だったの」

 

東京都内に住む田中由美子さん(60歳・仮名)は、夫の定年退職からわずか2週間後、35年間連れ添った夫・田中和彦さん(60歳・仮名)に離婚届を差し出しました。

 

和彦さんは大手メーカー勤務で、定年時の退職金は約2,200万円。再雇用後の給与は月額22万円でした。一方、由美子さんは長年パート勤務を続け、月収は8万円前後。夫婦の預貯金は約1,000万円ありましたが、その大半は和彦さん名義でした。

 

由美子さんは以前から離婚を考えていました。酒癖が悪いわけでも暴力があるわけでもありませんでした。ただ、家事も介護も子育ても「自分の仕事ではない」という態度を取り続けた夫への不満が、長年積み重なっていたのです。そして子どもが独立し、夫が退職したことで決意は固まりました。

 

離婚協議の結果、財産分与として1,500万円を受け取り、自宅は売却。住宅ローンは完済済みだったため、売却益も折半しました。

 

「お金はある。私だって1人でやっていける」

 

周囲から見れば、比較的恵まれた条件での熟年離婚でした。実際、離婚直後の由美子さんは晴れやかな表情だったといいます。駅近の賃賃マンションに転居し、家賃は月9万5,000円。生活費を含めても月15万円程度で暮らせると試算していました。

 

将来的には年金分割で夫の厚生年金の一部を受け取り、自身の老齢年金と合わせれば十分生活できる――そう信じていたのです。

月8万~10万円は上乗せされるはず……思い込みだった制度

ところが離婚から数ヵ月後、由美子さんは年金事務所で説明を受け、言葉を失います。

 

「えっ、それだけなんですか……」

 

由美子さんが想像していたのは、夫の厚生年金の半分近くを受け取れる仕組みでした。

 

しかし実際の年金分割制度はそうではありません。分割対象になるのは婚姻期間中の厚生年金記録のみです。しかも将来受け取る年金額そのものを半分にする制度ではありません。厚生労働省の制度説明でも、年金分割は婚姻期間中の保険料納付記録を分割する仕組みとされています。

 

和彦さんは22歳から60歳まで働いていましたが、婚姻前の加入期間や離婚後の加入期間は対象外です。試算の結果、由美子さんの年金増加額は月額およそ3万5,000円程度でした。本人は月8万~10万円程度の上乗せを期待していましたが、想定との差はあまりにも大きかったのです。

 

さらに誤算は続きました。物価上昇です。総務省の消費者物価指数は近年、高止まりが続いています。家賃、食料品、光熱費の負担は年々重くなっていました。

 

単身生活の実際の支出は、由美子さんの試算を大きく上回りました。家賃9万5,000円、食費4万円、光熱費1万8,000円、通信費9,000円――医療費や日用品を含めると月20万円近くになる月もありました。

 

パート収入は月8万円。年金受給開始までまだ5年あります。不足分は貯蓄を取り崩すしかありませんでした。