内閣府の「高齢社会白書(令和7年版)」によると、65歳以上の約半数が「孤立死」に対して不安を抱えており、一人暮らしの高齢者は今後も増加していくと見込まれています。たとえ経済的に豊かであっても、家族や社会とのつながりを失えば、深い孤独に陥るリスクは誰にでもあります。ある資産家の男性の事例から、豊かな老後を迎えるために本当に必要なものについて紐解きます。
「あのおじいさん、お金はあるのに哀れね…」高級老人ホームの職員たちが陰で辟易する“75歳の裸の王様”。家族から見捨てられた現実から目を背ける、偽りの〈孫自慢〉 (※写真はイメージです/PIXTA)

高級老人ホームでの孫自慢大会

「うちの孫は優秀でね。東京の有名な私立に通っていて、将来は医者になるんだよ。こないだも電話で『おじいちゃんに会いたい』っていわれちゃってねぇ」

 

月額費用が数十万円を超える高級老人ホーム。そのホテルのようなロビーの特等席で、上質なジャケットに身を包んだユタカさん(仮名/75歳)は、いつものように周囲に聞こえるような大声で話していました。

 

手元にあるのは、スマートフォンの画面。そこには数年前、まだ中学生だったころの初孫の姿が映し出されています。周囲の入居者たちも「あら、男前ね」「うちは今度、ひ孫が生まれるのよ」などと返し、ロビーは和やかな空気に包まれています。

 

ただ、毎日同じ話を何十分も、ときには業務中のスタッフを呼び止めてまで熱心に語るユタカさんに対し、職員たちのあいだでは「話が長くて自慢好きなおじいさん」として見られていました。資産家であるからか、職員に対して横暴な態度も散見され、陰で少々辟易とされている部分もありました。

 

しかしある日を境に、スタッフルームでのユタカさんを見る目は変わります。

緊急事態を家族へ連絡すると…

ある日の午後、ユタカさんは自室で激しい胸の痛みを訴え、専門病院へ搬送される事態に。

 

苦しそうに息を吐くユタカさんを救急車に乗せたあと、施設側はすぐに入居申込書の緊急連絡先へ電話を入れました。相手は、都内で暮らすユタカさんの実の息子です。

 

「一刻を争う状況ですので、すぐに病院へ向かっていただきたいのですが」

 

フロントの責任者が緊迫した声で伝えたのに対し、受話器の向こうから返ってきたのは、感情の起伏のない事務的な言葉でした。

 

「……そうですか。搬送費用や治療費、今後の手続きにかかる費用はすべて、父の口座から引き落としにしてください。私たちは病院に行けません。今後、生死に関わる事態になっても、我が家には連絡をしないでください。それでは失礼します」

 

電話を切った責任者は、小さくため息をつき、そばにいたスタッフにその内容を伝えました。施設にはさまざまな家庭環境の入居者がいるため、家族と疎遠なケース自体は珍しくありません。しかし、ユタカさんが毎日、誇らしげに語っていた「息子夫婦が心配して毎日電話をくれる」「来月は孫が私を迎えにくる」という話が、すべて彼自身の切ない嘘だったのだとわかり、スタッフルームにはなんともいえない静かな沈黙が流れました。

 

その日の夜、事務所の片隅で、張り詰めた声が漏れました。

 

「あのおじいさん、お金はあるのに哀れね……」

 

それまで「また自慢話につき合わされて業務が止まってしまった」と陰で辟易していた職員たちの目は、この日を境に、一転して深い「憐れみ」へと変わっていきました。