多くの夫は、妻がいなくなっても「身の回りのことくらい自分でできる」と高を括ります。しかし、実際に直面するのは家事の不便さだけではありません。そこには、長年築いてきたはずの存在意義が根底から揺らぐ、残酷なまでの無力感にありました。ある夫婦のケースをみていきます。
まさか、俺がこんなに無力だなんて…「嫌なら出て行け!」と妻を追い出した55歳、4日目の朝に直面した「絶望」の正体 (※写真はイメージです/PIXTA)

生活力が低すぎる…家庭内における夫の存在意義

厚生労働省『令和3年 社会生活基本調査』によると、6歳未満の子供がいる世帯を除いた一般世帯においても、夫と妻の家事・育児・介護等の時間は、依然として大きな開きがあります。

 

具体的に見ていくと、1日あたりの家事関連時間は夫が「51分」であるのに対し、妻は「3時間44分」と、約4.4倍もの差が存在します。これは単に「家事は誰がやっているか」という分担の問題以上に、男性がいかに家庭内で妻に依存して暮らしているかを物語っています。

 

また国立社会保障・人口問題研究所『第7回全国家庭動向調査(2022年)』では、いわゆる“見えない家事”の実態も明らかになっています。この調査で挙げられているのは、「食材や日用品の在庫の把握」「食事の献立を考える」「ごみを分類し、まとめる」「家族の予定を調整する」、および「購入する電化製品の選定」の5つです。

 

この中で夫が担っているのは「購入する電化製品の選定」のみ(妻27.4%、夫29.3%)。「ごみ出しは夫の役割」というケースは多いものの、その前段階となる「ごみの分類・集積」については、妻が69.5%に対して夫はわずか16.5%。世の夫が担当している家事として挙げているごみ出しでさえ、妻がいなければ成り立たないのが現実です。

 

――妻がいないと困る。

 

そんな、よく聞かれる言葉は、あまりに生活能力の低い男性たちの敗北宣言に近いのかもしれません。家庭は「稼ぐ場所」ではなく「生きる場所」であるという視点。それを失ったとき、男性は社会的な地位に関わらず、家庭という社会で「あまりに無力な存在」へと転落するリスクを孕んでいるのです。