(※写真はイメージです/PIXTA)
高齢者施設で看取り直前の90代母…揺れる、娘の気持ち
場面1
介護士:「ええっ、Gさんもう血圧50だよ。今さらなんで娘さん病院行くなんて言うの。この前の面談の時、最期まで施設で穏やかに過ごしてもらいたい。それが本人の願いだったからって、皆であんなに共有したのに。血圧50じゃ、病院に行く前に死んでしまうし、そんなこと倫理的によいはずがない」
看護師・医師:「じゃあ、もう一度娘さんと話してみましょう」
場面2
医師・看護師:「娘さん、お母さんの最期が近いです。このタイミングで病院に行くことはお身体の負担が大きすぎます。先日の面談では、皆で、最期は施設で穏やかに、それが本人の願い、そう共有したと思いますが、今の娘さんのお気持ちを教えていただけますか」
娘:「…………。とにかく病院を受診させてください」
医師と看護師:「……」
場面3
介護士・看護師・医師:「娘さんの揺れる気持ちも分からないではない。後で訴えられても困る。病院に行こう」
場面4
介護士・看護師・医師:「今から病院に行きましょう。ただし、病院到着までに心肺停止する可能性があります。そのような場合でも心肺蘇生術だけはやめましょう。さすがにご本人の負担が大きいですし、何よりご本人が望まれていませんでした。娘さんがこれだけ悩んで決められたのだから、もしお母さんが今お話しすることができたなら、きっと、『それでいいよ。病院に行く』とおっしゃるでしょう。だから、病院に行きましょう」
娘:「……分かりました。そのようにお願いします」
場面5
医師が紹介状を大急ぎで書いていると……。
介護士:「先生、娘さん、やっぱり病院へは行かないそうです」
理屈では説明がつかない「土壇場のちゃぶ台返し」
あなたは、どのように感じたでしょうか。人は、時として、理屈よりも感情に支配されます。理屈では分かっていても、渦巻く感情に縛られることがあります。その感情の支配から逃れるために、必要なことも感情へのアプローチな
のです。娘の感情を紐解いた言葉は、医療側の「娘さんがこれだけ悩んで決められたのだから……」だったのかもしれません。
この二つの終活にある感情の「落とし穴」、それは感情にフォーカスせずに、理屈ばかりで考えることです。もしかしたら、どれだけ感情に気を配っても、その穴に落ちることもあるかもしれませんね。複雑に感情と感情が絡み合う時、どこに穴があるかなんて分かりそうもありません。
西川 満則
福村 雄一
大城 京子
小島 秀樹