「親の面倒を一番見てきた私にこそ、親の最期を決める権利がある」そう考えるのは自然なことですが、介護の実績と、医療判断における決定権はイコールではないのが実情です。本記事では、西川満則氏、福村雄一氏、大城京子氏、小島秀樹氏共著の書籍『終活の落とし穴』(日本経済新聞出版)より、家族だからこそ見失いやすい「代理意思決定者の適格性」について、具体的な判断基準をもとに解説します。
「何年も会っていない兄たちは口を出さないで」介護付き有料老人ホームでも手に負えず病院へ…衰弱する“認知症の80代母”を前に、疎遠な兄より介護を担った次女が〈意思決定者〉になれない理由 (※写真はイメージです/PIXTA)

介護を担った次女でも、認知症の母に代わって意思を決定することはできない

80代、中等度の認知症の女性で、1カ月前から食事量が低下、ADL(※)も低下していましたが、検査結果で特に異常は見つかりませんでした。

 

※Activities of Daily Livingのことで、ADLのAはアクティビティー(動作)、DLはデイリーリビング(日常生活)を指す。日常生活を送るために最低限必要な「起居動作・移乗・移動・食事・更衣・排泄・入浴・整容」といった日常的な動作のこと。

 

食事も5割くらいは食べられるように回復しましたが、心臓の状態が虚弱であることから、先々のことを考えたほうがよいという見通しのもと、ACP(※)をしようという話になりました。

 

※Advance Care Planningの略称で、もしものときのために、望む医療やケアについて前もって考え、家族や医療・ケアチームなどと繰り返し話し合い、共有する取り組みのこと。

 

過去・現在・未来の3つの時間軸で、本人の意思を捉えてみます。過去において、「食べられなくなったらどうするか」については話し合ったことがなく、現在の気持ちを聞いても、「野菜ジュースが飲めるからいいよ」といった発言で、具体的に深い、先まで見通した話にはなりません。栄養が足りていないそのときの段階においても、本人がそれを理解して、未来の選択に思いをはせることは困難であるように見受けられました。

 

ここでキーになるのは家族で、特に次女がキーパーソンでした。「胃ろうでも点滴でも、何でもしてもらいたい」と次女は言います。「今、心臓が止まったとしたら、あらゆる延命治療をしてもらいたい」「兄や妹は、本人の面倒を見ておらず、何年も本人に会っていないから、決定権は私にある」と、次女は主張します。長男と三女の意向を確認したかを尋ねても、「そんなの必要ない」。