(※写真はイメージです/PIXTA)
「床ずれが悪化するので、ソファーを捨ててください」訪問看護師の“正しい指導”
次に、「生活の場におけるACP(※)と倫理判断」をめぐる事例を取り上げてみます。私の地域の、あるケアマネジャーさんの戸惑いについて伺った話です。
虚弱がとても進行した80代の女性で、口から何とか食べられるものの、とにかく偏食で食が細い方でした。また、後からカギになってくる日常生活動作として、お気に入りのソファーまではなんとか移動できて座れるものの、お尻に床ずれができているといった状況にありました。
本人の人柄や性格を表すエピソードに触れたいと思います。生涯独身で、2年前に同居していた姉を亡くしました。テレビのリモコンは同じ場所に置かないと気が済まないような几帳面で、少し変わり者、ケアマネジャーにも悪態をつくけどなぜか憎めないといった評判があります。
ある時、昼間から部屋のブラインドが下りているのを見つけた地域の民生委員が、心配してその方のケアマネジャーのところに来たのですが、ケアマネジャーは、こだわりとして昼間からブラインドを下ろしている方であり、毎日ケアが入っていてそのことを把握していることも伝えたそうです。また、硬いソファーに座ると褥瘡が悪くなると注意されるので、「わかった、わかった」とその場では言うけど、医療者が帰ってしまうと、普通にそのソファーに座っている。それで、「いつ死んでもいい」が口癖でした。
ある日、訪問看護師AがケアマネジャーBに向かって、「褥瘡が悪くなるから、ソファーを撤去しておいて」と言いました。少し戸惑ったBは、仲間の福祉用具専門相談員Cにこう相談しました。「訪看Aが撤去しろと言うけれど、本人は死んでもいいと言っているし、お姉さんとの思い出が詰まったソファーが落ち着くのではないかなぁ、ソファーはそのままでもいいと思うけど、どう思う?」そこで、Cも「そんなことをしたら、自殺を助けてしまうことになるのではないかしら」と答えました。
この話からの学びとして、日常生活の中にも必ずACPはあるということです。姉を亡くしてからは頑張れない、人生に思い残すことはもうない、病院にはかかりたくない、床ずれはあっても自由にさせてほしい、強制されたくない、知り合い以外と接するのは疲れる。こうした発言を本人の意思の一つとして受け止めて考えることも、一つのACPの立派な形である、そうお伝えしたいと思います。