(※写真はイメージです/PIXTA)
一般に最善だと思うことが、本人にとっては最善でないことは往々にしてある
もう一つ、日常生活の中にも臨床倫理があると言えます。この例では、床ずれがあってもソファーに座りたいといって、本人はソファー撤去療法を拒否しているわけです。一方で、褥瘡を治すことは医学的に良いという、明らかな医学的な常識があります。しかし、撤去を望まない本人の意思のほうが、医学的な最善よりも優先される。それが基本的な倫理原則なのではないか、と思います。
懸命な読者はもう理解されていると思いますが、医療面であっても、生活面であっても、一般に最善だと思うことが、本人にとっては最善でないことは数多くあります。本人の嫌がる意思決定をしてしまうことは、絶対に陥ってはいけない「落とし穴」です。肝に銘じておいてください。
以上、事例を提示しました。本人の人生や生活に光をあてることはなかなか難しいけれど、それが重要だと思います。認知症の患者も多いなか、「本人だけで決めるのではなくて皆で決める、でも、本人が中心」。そんな意思決定のあり方があるのだということを述べました。
感情の「落とし穴」
さて、ここまでの事例では、いろんな終活の「落とし穴」を説明しました。これは、考え方の基本を身につければ、その場所を見つけることができます。しかし、その場所さえ分からない「落とし穴」があります。人には制御できない感情の「落とし穴」です。
私は、理屈よりも感情、知識よりもコミュニケーションが重要と考えます。終活の「落とし穴」にはまりたくなかったら心に留めてください。しかし、それがわかっていても、制御できない感情もあります。
西川 満則
福村 雄一
大城 京子
小島 秀樹
