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自分たちは質素倹約しても…
都内の中堅メーカーで営業部長だった佐藤和男さん(70歳・仮名)。60歳で定年を迎え、そのときに手にした2,500万円の退職金は“万一のときの備え”として手をつけず、月20万円の自身の年金と、3歳下の妻の年金月9万円、合わせて月29万円でやりくりをしていました。
老後を見据えてコツコツと積み立ててきた十分な預貯金に加え、住宅ローンは完済。老後は安泰に見えました。
「現役時代、最終的な年収は1,200万円ほどありました。平均以上という自負もありましたし、仕事を辞めても十分な貯蓄がある。同僚の多くが再雇用を選ぶなか、私は迷わず定年退職を選択しました」
老後不安が広がるなか、多くの人が定年以降も働き続けることを選択しています。60歳で退職しても、年金受給までは無収入期間が5年もある。そのなかで「完全リタイア」を選択できるのは、人生の勝ち組といっていいでしょう。しかし、そこで浮かれることが一切なかったのが佐藤さんの堅実なところでした。
「退職後は身の丈に合った生活を心がけていました。車を手放し、外食も控え、夫婦2人の生活費は月20万円以内に収めていたんです。質素倹約に徹し、しっかりと老後に備えてきました」
しかし、退職から10年が経過した現在、生活を切り詰めていたにもかかわらず、2,500万円あったはずの退職金はほぼ底をつきました。
その主な原因は「長女への継続的な資金援助」です。長女は10年前に離婚し、小学校1年生と幼稚園児の2人を抱えるシングルマザーになりました。経済的な負担を心配した佐藤さんは、3人に「実家に戻ってこないか」と提案しました。しかし「子どもたちの環境を変えたくない」という長女の強い希望があり、一家はそれまで住んでいた学区内のマンションに住み続けることになったのです。
「長女一人で2人の子を育てながら家賃を払うのは、経済的に無理があるのは明らかでした。そこで、私が契約者となって家賃15万円を全額肩代わりすることにしたんです。孫の笑顔や、友達と離れたくないという健気な姿を見たら、そうするしかないと思いました」
長女の離婚当時、幼稚園児だった孫の義務教育が終わるまでは家賃補助を続けるつもりだといいます。これまでの援助総額は1,800万円。さらに、不公平にならないよう次女とその子どもたちへも支援を行ってきました。
「万一の備えと思っていた退職金はほぼなくなり、盤石だと思っていた老後もこの通りです……。自分は“人生の勝ち組だ”なんて思っていた時期もありましたが、大したことはなかったですね」
リタイア後に家計を揺さぶる「想定外」
リタイア後、どんなに綿密な生活設計を行っていても、想定外の事態は起きるものです。特に考えておくべきは、大きく分けて2点です。
ひとつは、継続的な物価上昇です。総務省『消費者物価指数』を見ても、食料品やエネルギー価格の高騰は家計に重くのしかかっています。長くデフレ下にあった日本において、老後の生活設計ですっかり抜け落ちていた視点です。
佐藤さんは自身の生活を月20万円に収めていましたが、インフレによってその「20万円で買える内容」が目減りしていきました。さらに、援助している長女世帯の生活コストも上がったため、補填する金額が雪だるま式に増えていったのです。これに対し、家計を維持するためには、固定電話の解約や保険の見直しなど、一度の実行で効果が持続する「固定費の削減」を、現役時代以上にシビアに行うことが現実的な選択肢となります。
ふたつめは、今回の事例のような「家族への経済的援助」です。信託協会『結婚・子育て支援信託に関する受益者向けアンケート調査』では、40歳以上の親世代の約48%が「子どもへの経済的援助経験あり」と回答しています。これは高齢者のみに限定した数値ではありませんが、高齢の親世代でも経済的支援が一般化している傾向を示しています。
特に「家賃の全額負担」のような継続的な固定費支援は、一度始めると打ち切りのタイミングを失いがちです。佐藤さんのように「孫のため」という感情が優先される場合、経済的な合理性は二の次になってしまいます。
ここで重要になるのは、早い段階で「支援の総額」や「期間」に上限を設けることです。親自身の老後資金が枯渇し、将来的に子が親を扶養する立場になれば、結果として子世代の負担をさらに重くすることになりかねません。
「今の支援」が将来的な共倒れを招かないか――。客観的な視点を持つことが、家族を守るための重要な鍵となります。