(※画像はイメージです/PIXTA)
自分が感じている「不安レベル」を知る
パニック症の治療は、その根本にあるパニック発作の正体を知ることから始まります。パニック発作は、「危険ではない場面で警報が鳴る」状態です。警報が鳴れば、体は全力で自分自身を守ろうとするので心臓を速く動かし、呼吸は浅くなります。しかし、実際には、外に危険は存在しません。そう感じてしまう背景には、もともとの心配性、几帳面さ、完璧さを求める気質、結果だけで自分を厳しく評価するクセなどが関わることが少なくありません。そこで脳と体に「勘違いだった」と教え直す必要があります。
パニック症の治療は、基本的に二本立てです。1つは、脳と体の興奮を抑える薬物療法で「安心の土台」をつくること。抗うつ薬の一種であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などで自律神経の過剰な波を穏やかにし、必要に応じて不安を鎮める薬を短期間併用します。もう1つは、恐怖の記憶に新しい意味づけを積み重ねる練習です。薬でつくった安心の土台の上で、「嵐は短い」「必ず過ぎる」を体で覚えます。ネガティブな想像に気づいて距離をとり、成功体験を重ねていくことが回復の道になります。
そして、この二本柱を下から支える共通の土台として、心身の疲労を予防するための「休む技術」があります。うつ病の治療でもパニック症の治療でも、わたしがいちばん大切だと感じているのは、日々の生活の中でこまめに心と体を休ませることです。心がすり減り、脳がくたびれていると、ほんの小さな出来事でも、不安と恐怖の警報が一気に鳴りやすくなってしまうのです。わたしは診察室で、患者さんに「休む技術」と呼んでいる小さな工夫をお伝えしています。
たとえば、会社や家事の合間に一度いすから立ち上がって深呼吸をする、夜遅くまでスマホを見続けないように「画面を閉じる時間」を決める、朝にベランダに出て数分だけ日を浴びる、疲れている日は予定を詰め込みすぎないようにする……といった、ささやかな休み方です。
広岡:大切なのは、「怖さをゼロにしよう」と力むのではなく、「ゼロではなくても暮らしていける」感覚を育てることです。最初のうちは、発作の波が押し寄せることがありますが、サーフィンのように乗り越えていけるようになります。そうすれば、行動範囲は自然と広がっていろんな場所に出ていけますし、社会復帰も近づきます。
わたしは紙に10段階の目盛りを描き、水野さんと一緒に「不安レベルの階段」をつくることにしました。
不安レベル10「診察室や待合室の椅子に座れない」
不安レベル9「診察室の椅子に座れる」
不安レベル8「待合室の椅子に座れる」
不安レベル7「バス停まで行って、ベンチに座って帰ってくる」
不安レベル6「隣のバス停までバスで行き、帰りは徒歩で帰ってくる」
不安レベル5「隣のバス停までをバスで往復する」
不安レベル4「三つ先のバス停までを往復する」
不安レベル3「最寄りの駅までバスで行って往復する」
不安レベル2「バス、電車の乗り継ぎができる」
不安レベル1「発作が来ても平常心で対処でき、生活の障害がない」
広岡:この階段を1段ずつ上がっていくのがこれからの治療目標になります。ただし、上がるペースは、あくまでも水野さん次第。焦らないことが大切です。
水野さんには、できたときは「〇」、できたとしてもつらかったときは「△」、その日はやめた場合は「―」という記録を付けることを併せて伝えました。記録するのは、自分を裁くためではなく、いまの自分の状態を確かめるためです。
初診の最後には、生活の基盤についても話し合いました。お母さんと暮らしているとはいえ、経済的な不安は心の緊張を強くするからです。利用できる制度を確認しながら、水野さんの負担を減らす道筋を一緒に探りました。支えの選択肢が広がるほど、心の余白は増えます。