(※画像はイメージです/PIXTA)
不安レベルが0でなくても生きていける
やがて水野さんはひとりでバスと電車を乗り継ぎ、遠方へ行けるようになりました。
パニック発作に悩まされている頃は、耳に入ってくる音のすべてが警報のように響いていたのに、いまは風の音と人の話し声と遠くの車の音が重なって、心地よく聞こえると話していました。
2年が経過するころ、水野さんの心の状態を確認したわたしは、水野さんの仕事を再開したいという申し出にGOサインを出しました。水野さんはゆっくりと社会に戻る道を歩み始めました。かつての教師という立場には戻らず、特例雇用枠の事務職として新しい職場に通っています。
教壇に立たなかったのは、「もう子どもたちの前に立つ勇気がない」からではありません。発作の経験を通して、自分の心と体のペースを尊重しながら働くことを学んだからです。教師という仕事は、心理的にも肉体的にもハードです。水野さんは、「自分のペースで丁寧に働ける場所を選ぶことも、前に進むひとつの形」と考えるようになったのです。社会復帰を果たした水野さんは、ずいぶん明るくなりました。
水野:発作がまったくなくなったわけではありません。でも、発作が起きそうになっても、「あ、来たな」で終わるようになりました。
広岡:その距離感を忘れないでくださいね。いまは、階段のどのレベルにいると思いますか?
水野:(笑いながら)1かな。きっと0になることはないのだと思っています。ときどき緊張することもあるし、少し怖い日もありますから。
広岡:それでいいんです。0を目指す必要もありません。「0じゃなくても生きられる」というのが、心の回復の大事なところです。
「心の病になる人=心が弱い人」ではない
時折、緊張の波はやって来ます。それでも水野さんはもう知っています。パニック発作という名の嵐は、必ず通り過ぎることを。
そして、この経験は水野さんだけのものではありません。心の病を抱えていない人でも、誰もが不安や恐怖といったネガティブな心の波に飲み込まれそうになる瞬間を持っています。多かれ少なかれ、憂鬱な日もあれば、晴れやかな日もある。できることなら、いつも穏やかでいい気分のままでいたいものですが、そうはいかないのが人間であり、人生というものかもしれません。もし憂鬱な気分が訪れたときは、水野さんのように少し距離をとって、自分の心を客観的に眺めてみてください。
心の病になる人は、しばしば「心が弱い人」と見られがちですが、わたしはそうは思いません。人間は進化の過程で、“想像力”という特別な力を身に付けました。ただし、想像力の針がネガティブな方向に振れると、不安や猜疑心を生み、それが大きく膨らむことで、心の病の種になることもあります。つまり、心の病になる人は、少しだけ人よりも想像力が豊かなのかもしれません。それは決して悪いことではなく、むしろ人生を深く味わうための材料にもなり得るのです。
パニック発作が起きると、「世界が終わる」と本気で思ってしまいます。それからしばらくのあいだは、サイレンが鳴り響き、「また来るかもしれない」が世界を少しずつ狭くしていきます。
しかし、わたしたちは少しずつ気づくことができます。あのサイレンは、体が壊れた証拠ではなく、わたしを守ろうとする誤警報だったことを。嵐は永遠には続かず、波は必ず引いていくことを。そして、息を整えながら、「これは勘違い」「あ、来たな」とつぶやく。
不安が0にならない日もあります。それでも、0じゃなくても生きていけます。胸の鼓動と同じリズムで、今日の一歩を、外へ踏み出していけるようになります。