一人の若く有能な労働者がメンタルヘルスの不調で現場を去ることは、単なる個人の悲劇に留まらず、教育現場における「人的資本の重大な損失」を意味します。特に、人手不足が深刻化し、肉体的にも精神的にもハードな教師の離職は、労働生産性の低下だけでなく、将来を担う世代への教育サービスの質の低下という多大な社会的損失を招きます。いま、現場で何が起きているのか。本記事では、精神科医・広岡清伸氏の著書『ごめんなさい、もうこれ以上頑張れません 生きづらい社会で傷ついた人が、再び「自分」を取り戻すまで 』(アスコム)より一部を抜粋・再編集し、25歳の若き教師が直面したパニック症の闘病記から、キャリアを守るための必須スキルについて考えます。
「赤ペンで丸をつける手が震えました」テストの採点・行事企画・保護者対応、真面目過ぎた25歳中学校教師。毎日職員室に最後まで残っていたが…バス通勤中に救急搬送、学校に行けなくなった日 (※画像はイメージです/PIXTA)

最初のパニック発作

こうした生活のなかの疲労が過度にたまると、わずかな刺激でも体が危険と判断しやすくなります。本来なら何ともない場面でも、体が警報を鳴らしてしまうのです。その違和感を気のせいだと片づけ、水野さんはまた月曜日の朝を迎えます。

 

水野:25歳になったばかりのころだったと思います。朝起きたときは、いつもより体調が良いと思っていました。しかし、家を出て、駅までのバスのつり革につかまり、窓の外をぼんやり眺めていたとき、胸の奥がドンと跳ねたような気がしたんです。心臓の鼓動が……、どうにもできないほど速くなって……。心臓が暴れるように速く打ち始め、息がうまく吸えなくなりました。このまま、死んじゃうんじゃないかと思ったくらいです。

 

そのときの状況を思い出したのか、太ももの上で強く握っていた水野さんの手が震え始めたのがわかりました。お母さんはそんな娘の姿に心配そうな表情を浮かべていました。

 

水野:手足が冷たくなってきて……、視界の周りがぼんやりして、周りのざわめきが遠のいていって。

 

母親:気づいたときには救急隊員の方から名前を聞かれていたそうです。

 

広岡:それまで積み重なっていた心身の疲れが、この瞬間に一気に表面化したのだと思います。ぎりぎりまで頑張り続けると、不安や恐怖を感じる脳の部分がとても敏感になり、ふだんなら何でもないはずの通勤バスの中で、発作のスイッチが入ってしまうことがあるのです。

 

わたしはバスの車内で水野さんの体に起きた症状を「パニック発作」だと考えました。パニック発作とは、日常生活の中で突然、激しい動悸や息苦しさ、めまい、吐き気、手足や唇のしびれなど、自律神経が激しく反応する状態です。視野が急に狭くなったり、床が盛り上がって迫ってくるように感じたり、胸が痛むといった知覚の過敏さを伴うこともあります。

 

しかし、多くは10〜20分程度で自然におさまります。救急搬送された時点で落ち着いていることも珍しくありません。心電図や胸部レントゲンが「異常なし」となることが多いのも特徴です。問題は、その経験から「また起きるのではないか」という予感がふくらみ、心が先回りして警戒態勢に入ることです。これが「予期不安」です。

 

水野さんの教師生活もたった一度のパニック発作から崩れていきます。