学費高騰と低賃金が重なる現代、奨学金返済はキャリアや結婚を阻む構造的な足枷となった。もはや「自己責任」では済まされないこの残酷な現実に、社会はどう向き合うべきか。本記事では、アクティブアンドカンパニー代表の大野順也氏が、Aさんの事例とともに、奨学金を背負う若者の実態に迫る。
東京の大学に行きたい、なんて言わなきゃよかった…〈有名私大卒・丸の内勤務〉華やかな肩書きの裏で、手取り月26万円・29歳会社員女性が周囲に隠し続ける「秘密」 (※写真はイメージです/PIXTA)

手取り月16万円、返済月2万3,000円…就職後の残酷な現実

しかし、入社直後に聞かされた言葉は、社会の厳しさを突きつけるものだった。

 

「昇給はほとんどない」「賞与も期待しないほうがいい」キャリアパスは曖昧で、中堅社員は定着せず、職場に残るのは若手ばかり。誰を目標にすればよいのかわからないまま、Aさんは目の前の業務に追われ続けた。

 

1年目は覚えることや任されるタスクも多く、終電で帰宅する日々が続いた。しかし、上司から「残業時間を入力するな」と勤怠の修正を求められたことをきっかけに、Aさんは早々に残業申請を諦めるようになり、見込み残業代を超える分は支払われなかった。休日も先輩や上司からメールやチャットで業務連絡が入るため、反応せざるを得ず、常に仕事から離れられない状態だった。社内は張り詰めた空気に包まれ、怒号が飛び交うことも珍しくない。こうした日々のなかで、Aさんの心身は徐々にすり減っていった。

 

社会人1年目の手取りは月約16万円。そのなかから、奨学金返済として毎月2万3,000円が引き落とされる。手元に残るのは5万円程度だった。そこから業務知識を身につけるために本を購入し、資格取得のための講座を受講し、会社の飲み会に参加すると、自由に使えるお金はほとんど残らなかった。

 

「社会人1年目って、こんなにも余裕がないんだと思いました。お金の面も、メンタル面も。でも、自分で選んだ道だから耐えて成長するしかないと、自分に言い聞かせていました」

 

2年目になると住民税の負担が加わり、生活はさらに苦しくなった。後輩ができ、育成担当にもなったAさんは、業務量が増えているのに給与はほぼ変わらず、努力が報われている実感を持てなかった。むしろ、「自分の仕事だけでも手一杯なのに、マネジメントまで求められたら、上司がストレスから怒りっぽくなったり、後輩の育成に手が回らなくなったりする気持ちもわかる」と感じてしまうほど、余裕を失っていた。

 

休日にベッドから起き上がれない日が増えていたころ、同期が給与のよい会社へ転職した話や、大学時代の友人が昇格したという話を耳にし、焦燥感が募る。

 

Aさんは、自分の将来と向き合う時間をつくるため、少しでも負担を減らしたいと考え、業務量や毎月の奨学金返済について人事に相談した。しかし、業務量については上司に直接言うほかなく、社内異動も難しいと告げられたうえ、奨学金についても「自分で借りたのだから、自分で貸付元に相談してほしい」とだけ伝えられた。一人で追い詰められてしまい、実家の母に電話で思わず「東京の大学に行きたい、なんて言わなきゃよかった」と零した。

 

このままでは生活は変わらないと感じ、転職を決断する。「返済があと15年以上続くと思うと、給料を上げ続けなければならないという焦りがありました。このまま疲弊する毎日を送るのではなく、新しいことに挑戦できて、安心して専門性を高められる環境を選びたいと考えるようになったんです」

 

現在は、同じIT企業でも福利厚生が整い、土日休みで残業も少ない会社に転職し、システムのカスタマーサポートとしてクライアントの運用支援を行っている。現在の手取りは月26万円ほど。精神的な安定は取り戻したものの、奨学金返済はいまも続いている。

 

Aさんには、新たな不安も。結婚を考える相手がいるものの、奨学金の話を切り出せずにいるのだ。SNSでみかける「奨学金がある人との結婚は無理」「奨学金のせいで結婚が破談になった」といった投稿が心に刺さっている。

 

「奨学金があったおかげで大学に進学できましたが、社会に出たあと、さまざまな選択の場面で制約になるとは思っていませんでした。東京では、あまり奨学金を借りたことを言わないようにしています。奨学金を借りても、生活に余裕を持って返していける社会になればいいなと思っています」