長年連れ添った夫婦にとって、夫の定年は「第二の人生」の穏やかな幕開けになるはずでした。しかし、いざ生活が始まってみると、夫の在宅時間が増えたことで妻の自由が失われ、思いがけない危機に直面するケースが少なくありません。ある夫婦のケースをみていきます。
「スーパー? 僕も一緒に行くよ」買い物から美容院まで完全同行の60歳定年夫に、57歳妻が悲鳴……仲良し夫婦が結婚以来、最大の危機を迎えた理由 (※写真はイメージです/PIXTA)

なぜ夫は妻に執着するのか? データで見る「男性の孤立」

田中さん夫婦のようなケースは、決して珍しいことではありません。これは個人の性格だけの問題ではなく、日本社会における高齢男性の置かれた環境が大きく影響しています。

 

内閣府『高齢社会白書』によると、60歳以上の高齢者のうち、「親しい友人がいない」と回答した男性の割合は、女性に比べて高い傾向にあります。特に、現役時代に仕事中心の生活を送っていた男性ほど、退職と同時に人間関係が希薄になりがちです。また、同白書の「社会活動への参加状況」を見ても、高齢男性は女性に比べて、趣味やサークル活動、地域行事への参加率が低い傾向にあります。

 

多くの男性にとって、長年勤め上げた会社は単なる収入源ではなく、自己アイデンティティそのものであり、唯一のコミュニティでした。その居場所を失ったとき、新たなコミュニティに飛び込む術を持たない男性は、もっとも身近で安心できる存在である妻・家族にその代わりを求めてしまうケースも珍しくありません。

 

まさに“定年後クライシス”。この状況を防ぐためには、現役時代から「会社以外のネットワーク」を持っておくことが不可欠です。しかし、それが難しい場合は、定年が見えてきた段階で夫婦で「定年後のタイムスケジュール」を話し合うことも有効です。

 

お互いに「一人の時間」を確保することは、冷たいことではありません。むしろ、夫婦関係を長く良好に保つための必須条件といえるでしょう。「今日は私は友人とランチだから、あなたは図書館に行ってみたら?」といった具体的な提案や、地域のボランティア、シルバー人材センターなどの情報を、さりげなくテーブルに置いておくのもひとつの手。夫の「執着」は、裏を返せば「不安」の表れです。その不安を妻ひとりで受け止めるのではなく、社会のなかに分散させること。それが結果的に、夫婦円満に繋がります。

 

[参考資料]

内閣府『高齢社会白書』