物価高と増税の波は、一見優雅な「勝ち組」シニアの生活さえも静かに蝕んでいます。立派な持ち家や十分な退職金がありながら、毎年の固定資産税や維持費に現金を奪われる「資産持ちの貧困」。資産があるがゆえに周囲に頼れず、ひっそりと社会から孤立していく――。本記事では、FPの川淵ゆかり氏のもとへ寄せられた相談事例をもとに、現代特有の老後リスクに迫ります。※事例は、プライバシーのため一部脚色して記事化したものです。
クリスマスイルミネーションが煌々と輝く豪邸だったのに…退職金計4,500万円の60代元国家公務員夫婦の家。玄関の奥は「風呂週1回・食事1日2回・ゴミまみれ」の限界生活と暗闇【FPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

重くのしかかる「資産」という名の負債

2人の心に重くのしかかっていたのは「固定資産税」の問題でした。

 

都内の一等地ゆえ、年間にかかる固定資産税は400万円を超え、納税は滞りがちに。Aさん夫婦には、国家公務員として長年勤めあげた実績があり、合計約4,500万円もの退職金がありました。しかし、父の代で事業を売却した資金を合わせても、古い家の維持費や、その後数回の相続による相続税、そして毎年の固定資産税がその虎の子を食いつぶし、現金はほとんど残らないような状況に追い込まれていたのです。

 

「代々引き継いだ土地は守らなければならない」「子どものためにも資産を残してあげたい」。その責任感が、皮肉にも「資産の問題」を「心の問題」へと変質させてしまいました。

 

本来なら夫婦でセカンドライフに旅行などを楽しめるような資産額だったのですが、家にかかるお金が大きすぎたことと、現役時代の仕事が専門的すぎて民間では再就職の選択肢が限られてしまい、再就職もままならなかったこと。こうした社会的な孤立感がさらに2人を家の中に縛り付けたのです。

「セルフネグレクト」とは

セルフネグレクトとは、自分自身の健康や生活環境を維持するための行動を放棄してしまう状態のことをいいます。
医学的な診断ではなく、生活上の自己放棄状態を指す言葉です。単なる「だらしなさ」とは違い、場合によっては、生命や生活基盤に深刻な影響をおよぼす状態まで進むケースもあります。

 

背景や原因としては、次のようなものがあげられます。

 

心理的要因:うつ病や不安障害、無気力感、孤独感

社会的要因:孤立、家族関係の断絶、周囲に頼れない状況

経済的要因:収入減少や生活困窮

高齢化要因:認知機能の低下、身体能力の衰え


放置し続けることによって、次のような状態が見受けられるようになります。

 

健康被害(病気の悪化、栄養失調)

住環境の崩壊(ゴミ屋敷化、害虫発生)

社会的孤立(近隣との断絶)

最悪の場合……孤独死のリスク

 

なお、「相手がやってくれるだろう」と思ってしまう共依存的な生活を続けることで、どちらも動かなくなってしまい、2人ともがセルフネグレクトになってしまうケースも珍しくありません。特に長年連れ添った夫婦は生活リズムや心理状態が似通いやすく、同時にセルフネグレクトに陥るケースも報告されています。