定年退職は、サラリーマン人生のゴールであると同時に、夫婦の新たな生活のスタートラインでもあります。退職金を元手に「田舎暮らし」や「趣味のお店」など、セカンドライフの夢を叶えたいと願う男性は少なくありません。しかし、そのプランはパートナーと共有できているでしょうか。ある夫婦のケースをみていきます。
〈退職金2,200万円〉59歳夫が妻に内緒で購入した「千葉・500万円の古民家」……定年目前、突きつけられた「緑の紙」の現実 (※写真はイメージです/PIXTA)

「君とのんびり蕎麦屋でも」夫の夢、妻の悪夢

「まさか、ここまで拒絶されるとは思っていませんでした。僕はただ、定年後の2人の夢を買ったつもりだったんです」

 

そう肩を落とすのは、都内在住の川島隆一さん(59歳・仮名)。来春に定年退職を控えています。隆一さんは先日、妻の恵子さん(56歳・仮名)に内緒で、千葉県の山間部にある築80年の古民家を購入しました。価格は500万円。長年貯めてきた定期預金を解約してのキャッシュ一括払いです。

 

動機は、定年後の「田舎暮らし」でした。現役時代は海外出張が多く、家を空けがちだった隆一さん。「リタイア後は空気のいい場所で、趣味の蕎麦打ちを活かした小さな店でもやりながら、夫婦水入らずで過ごしたい」――そんな夢を抱いていたといいます。

 

「妻も以前、旅行先で『こういう静かな場所もいいわね』と言っていたんです。また私の『老後はゆっくり自分の店でも持ちたい』という夢を話したときも、『ならカフェを併設したい』と乗り気でした。だから、サプライズで契約書を見せれば喜んでくれるかと」

 

しかし、週末の朝食時、意気揚々と物件の写真と契約書をテーブルに広げた隆一さんを待っていたのは、恵子さんの悲鳴のような怒声でした。

 

「あなた、正気? ひと言の相談もなく、こんな虫が出そうなボロ家を買うなんて!」

 

最近の恵子さんは、子育てもひと段落して、それまでできなかったサークル活動を始めたり、趣味の観劇を楽しんだりと、充実の日々を送っていました。そのようななか、不便な田舎暮らしなど微塵も望んでいなかったのです。しかも、隆一さんはあろうことか、「退職金が出たら、それを改装費に充てて店を作ろう」とまで口走ってしまいました。

 

「その瞬間、妻の目が冷え切ったのがわかりました。『定年後も、あなたの夢に付き合わないといけないの?』と言って、その日は部屋から出てきませんでした」

 

翌日、リビングのテーブルには、記入済みの離婚届――いわゆる“緑の紙”が置かれていました。

 

「『田舎に行くなら1人で行って。私はこの家(都内のマンション)に残ります』と言われました。古民家は買ったばかりで売るに売れず、手付金どころか全額を失う可能性もあります。退職金が減れば、リフォームはおろか、僕自身の生活さえ立ち行かなくなる……」