(※写真はイメージです/PIXTA)
理想の「個人主義」生活
都内の広告代理店に勤めるレイジさん(仮名/53歳)。月収は100万円を超え(賞与別)、港区の湾岸エリアにあるタワマンの高層階を自宅兼仕事場としています。
中国地方出身のレイジさんは、大学進学とともに上京。若いころから仕事に打ち込み、部下からの信頼も厚く、業界内でも名の知れた存在です。
そんなレイジさんの至福の時間は、誰にも邪魔されない、時間を気にしない休息です。かつては派手な遊びもしましたが、50代に入り、疲労が抜けにくくなりました。近ごろの休日は、自宅のソファで身体を休めるか、行きつけの整体や会員制サウナでメンテナンスをします。自宅のリビングには数百万円するオーディオセットとデザイナーズチェアがありますが、そこで聴くのは音楽ではなく「完全な静寂」です。
レイジさんは、これまで結婚を考えたことがなかったわけではありません。しかし、就寝時に他人の気配がすると気が休まらない性格ゆえ、特定のパートナーとの同居は避けてきました。
「結婚すれば、毎日の食事から休日の過ごし方まで、すべて妥協が必要になる。自分の稼いだお金で、自分だけの空間と時間を維持する。この快適さを手放すなんて考えられない」
そう公言し、周囲からも「究極の個人主義者」として、ある種のリスペクトを持たれていました。
親の死で訪れた、想定内と想定外
そんなレイジさんの心境に変化が訪れたのは、昨年の冬のこと。母親が他界したのです。父親はすでに亡くなっており、きょうだいもいないレイジさんは実家との繋がりを完全に失いました。
53歳という年齢柄、親の死は十分に想定内でした。むしろレイジさんは、「独身である以上、親の面倒はすべてお金で解決する」と決め、十分な資金援助をしてきました。葬儀の手配も、実家の処分も、業者の手配も淡々と進めます。悲しみがないわけではありません。しかし、涙にくれることもなく東京の自宅に戻ったとき、予想外の感覚が襲ってきました。迎えてくれたのは、いつもと変わらない美しい夜景と、完璧に整えられた静寂な部屋。しかし、その静けさが、かつてのような「安らぎ」ではなく、「逃げ場のない空虚」としてのしかかってきたのです。
「ああ、俺はもう『誰かの息子』ではなくなったんだ。そしてこの先、『誰かの親』になることもないのか」
親が生きているうちは、たとえ帰省しなくても「実家がある」という事実が、無意識のうちに精神的な支えになっていました。もし仕事で失敗しても、社会的に非難されても、無条件に味方でいてくれる。その最後の砦が消滅し、自分は東京にたった一人。親の死が、「絶対的な孤独」を突きつけてきたのです。