(※写真はイメージです/PIXTA)
「助けて」が誰にも届かない
さらに孤立を深めるきっかけになったのがマンション管理の「DX化」。 これまでエントランスの掲示板に貼られていた「断水のお知らせ」や「総会にむけてのアンケート」が、すべて「住民専用アプリ」や「二次元コード読み取り」に移行しました。ガラケーを使っている高橋さんには、それらのお知らせを確認する術がありません。
管理人は日中駐在していますが、巡回で不在のことも多く、また常にパソコンに向かって忙しそうにしています。「アプリの使い方が分からない」という初歩的な質問で手を煩わせるのは、元来しっかり者である高橋さんのプライドが許しませんでした。
結果、高橋さんはマンションの重要な決定事項やイベントの日程を知らないまま、日々の生活を送ることになります。「自分だけが、この共同体から置いていかれている」。そんな焦燥感が、彼女の足をさらに社会から遠のかせました。
そして先日、恐れていた事態が起きました。 リビングの電球を替えようと椅子に乗った際、バランスを崩して転倒し、足を強く捻ってしまったのです。骨折こそ免れましたが、激痛で立ち上がれなかったとか。携帯電話は寝室にあります。這っていけば届く距離ですが、あまりの痛みにうずくまるしかありませんでした。
大声で「助けて!」と叫んでも、誰にも届きません。結局、彼女は痛みが引くまで1時間以上床でじっと耐え、その後、足を引きずりながら自力で湿布を買いに行きました。
「私はここにいるのに、誰からも見えていない。まるで透明人間みたい」
ゴミ屋敷や異臭といった異変があれば、行政や近隣住民も介入しやすいものです。しかし、オートロックの奥で、綺麗な服を着て、静かに暮らしている高齢者の苦悩には、誰も気づくことができません。 セキュリティとプライバシーが守られた現代のマンション生活。快適さと引き換えに、地域社会にあった相互扶助というセーフティネットを失わせつつあります。
[参考資料]
東京都監察医務院『東京都監察医務院で取り扱った自宅住居で亡くなった単身世帯の者の統計(令和3年)』
内閣府『第9回高齢者の生活と意識に関する国際比較調査』