十分な蓄えと年金があり、デジタル機器も使いこなす活動的な高齢の親。そんな「自立した老後」ならば、家族も安心だと考えがちです。しかし、その自信や便利さが、かえって認知症の深刻なサインを覆い隠してしまうことがあります。ある親子のケースをみていきます。
「施設になんて入るか!」元上場企業の管理職だった78歳父、〈年金月20万円〉〈貯蓄4,000万円〉悠々自適な日々のはずが…娘が実家の玄関を開けて言葉を失った「異様な光景」 (※写真はイメージです/PIXTA)

父「欲しいものは通販で買う。お前の世話にはならん」

「父は昔から『新しいもの好き』でした。スマホもタブレットも使いこなし、引退後は株価チェックが日課。だからこそ、私は油断していたんです」

 

都内在住の会社員、長谷川美佐子さん(50歳・仮名)。実家で1人暮らしをする父・修一さん(78歳・仮名)は、大手企業で管理職をしていた元エリートです。現在、年金は月20万円、金融資産は4,000万円超。「金はある、頭も回る」が自慢で、娘が高齢者のひとり暮らしについて不安を口にすると、「今はネットで水でも飯でも届く時代だ。心配無用、施設になんて入るか!」と一蹴されたといいます。

 

実際、修一さんは毎日のように通販サイトで買い物をしていたそう。美佐子さんが電話をするたび、「昨日はマッサージ機を買った」「今日は北海道からカニを取り寄せた」などと、いつも上機嫌でした。美佐子さんは「お金を使って経済を回してくれているなら、認知症予防にもなるし安心ね」と、修一さんのネット通販好きを好意的に見ていたのです。

 

しかし、その便利すぎる生活に異変が……。きっかけは、宅配業者からの異例の電話でした。

 

「あのお宅、もう荷物を置く場所がないんです。玄関先まで埋まっていてインターホンにも出てくれない」

 

美佐子さんが遠路はるばる実家に駆けつけると、そこは異様な光景でした。玄関ドアが半分しか開きません。隙間から体をねじ込むと、廊下の天井まで積み上げられた通販の段ボールの壁が、奥まで続いていました。

 

「ゴミじゃないんです。全部、新品の商品なんです。最新の空気清浄機、ロボット掃除機、高級羽毛布団、そして大量の缶詰やレトルト食品……。父は、届いた荷物を開けることができなくなっていたんです」

 

認知症の進行により、修一さんは「注文ボタンを押す」ことはできても、「箱を開封して片付ける」「説明書を読んで設置する」という遂行機能が失われていました。それでも、不安を埋めるように注文だけは止められない……そんな顛末でした。美佐子さんが段ボールの迷路をかき分けると、リビングのわずかな隙間で、修一さんはただうずくまっていたそうです。