認知症の介護において、多くの家族が直面するのが「妄想」や「不可解な言動」への対応。良かれと思って事実を伝えても、かえってご本人が興奮してしまい、精神的に追い詰められてしまう……そんなケースも珍しくありません。真面目に向き合うことだけが必ずしも正解とは限らない、ある女性のケースを見ていきます。
「俺は指名手配犯だ」と怯える父に「一緒に逃げよう」と決めた娘。80歳・認知症父に訪れた劇的な変化 (※写真はイメージです/PIXTA)

在宅介護者の7割が感じる「精神的負担」

認知症介護において、介護者が抱えるストレスは深刻です。厚生労働省『国民生活基礎調査(令和4年)』によると、同居する介護者の69.2%が「ストレスを抱えている」と回答。そのうち79.6%が「家族の病気や介護」をストレス原因にあげています。

 

家族の介護にストレスを感じる人たちが、どれほどの時間ケアに携わっているかを見ていくと、「ほとんど終日」が25.0%、「半日程度」が13.5%、「2~3時間程度」が11.1%。さらに「必要な時に手を貸す程度」は39.6%でした。 この結果から見えてくるのは、ストレスの度合いは拘束時間だけに左右されるわけではなく、ケアを必要とする家族が身近にいることだけでも負荷を感じるということ。介護負担がどれほど重いものなのかを物語っています。

 

特に、認知症特有の「妄想」や「徘徊」といった周辺症状(BPSD)は、介護者の精神を著しく消耗させます。真面目に向き合い、事実関係を正そうとすることは、介護の世界では必ずしも正解ではないのかもしれません。

 

今回の田中さんのケースのように、本人の見ている世界を否定せず、その世界に入り込んで対応する方法は、ケアの現場でも「バリデーション療法(感情に寄り添うケア)」に通じるアプローチとして知られています。

 

高齢化、長寿化が進むなか、「介護を必要とする家族がいる」というケースはますます増えていくでしょう。専門職の手を借りることはもちろん重要。さらに家庭内でのとっさの対応において、「演じる」「受け流す」といった技術は、介護者が燃え尽きないための重要なスキルといえそうです。

 

「毎回、女優になりきって楽しもうかなと……そうすると、介護の重い現実から、少しだけだけど距離を置ける気がするんです」

 

[参考資料]

厚生労働省『国民生活基礎調査(令和4年)』