高齢者の住まいとして存在感が増している「老人ホーム」。入居が決まったとき、多くの家族は安堵し、そこで「ゴール」したかのように錯覚します。しかし、老人ホームへの入居は、あくまで新しい生活のスタートに過ぎません。入居時には完璧に見えても、時間の経過とともに綻びが出ることも。一度は手に入れたはずの安住の地を去らなければならない、または自ら去る決断をすることも珍しくはありません。今回みていくのは、認知症の症状の進行により退去勧告を受けた79歳男性のケースです。
夜中に他人の布団へ…認知症の79歳父、入居1年で「強制退去」。家族が読み飛ばしていた、契約書の「残酷な但し書き」 (※写真はイメージです/PIXTA)

「暴力・暴言」「迷惑行為」…施設側が契約解除に踏み切る「一線」とは

「認知症対応」を謳っている施設であっても、症状の進行や行動の変化によって退去を求められるケースは珍しくありません。 施設側が入居契約を解除する、つまり退去を求める理由として多いもののひとつが、利用者による暴力や暴言、そして他の利用者への迷惑行為です。

 

【老人ホームの主な退去(退去勧告)の理由】

1.経済的な問題

・利用料(居住費、食費など)の滞納が続いた場合

2.共同生活上の問題

・他の入居者や職員への暴力・暴言、迷惑行為が改善されない場合

・自傷行為や他害行為がある場合

3.身体状況・医療対応の問題

・長期入院が必要となり、3ヵ月など一定期間施設を離れることになった場合

・入居後に身体状況が変化し、施設の医療体制では対応が困難になった場合

・要介護度が低下(軽度化)して、施設の入居条件を満たさなくなった場合

4.施設側の都合

・施設が倒産・閉鎖するなど、運営自体が困難になった場合

 

施設には、入居者全員の安全を守る義務(安全配慮義務)があります。特定の入居者の行動によって、他の入居者が怪我をしたり、精神的な苦痛を受けたりするリスクが高まった場合、施設側は「集団生活の維持が困難」と判断せざるを得ません。

 

多くの入居契約書には、必ず「契約解除」に関する条項が設けられています。「信頼関係が破壊された場合」や「通常の介護方法では対応困難な場合」といった文言が、具体的にどのような状態を指すのか。契約時には料金や設備だけでなく、こうした「退去要件」についても、具体的な事例を挙げて確認しておくことが重要です。

 

終の棲家だと思って入居しても、認知症の症状は変化します。「絶対に退去させられない」という施設は存在しないという現実を理解し、万が一の事態に備えて、後見人制度の利用や、転居先の候補についてケアマネジャーと早めに相談しておくことが欠かせません。

 

[参考資料]

政府広報オンライン『知っておきたい認知症の基本』