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「24時間安心」のはずが…入居からわずか1年で突きつけられた「退去勧告」
「まさか、お金を払って入居しているのに、こんな形で追い出されるなんて想像もしていませんでした」
そう語るのは、都内に住む会社員の田中由美さん(52歳・仮名)です。由美さんの父、佐藤健一さん(79歳・仮名)が、有料老人ホームから事実上の「強制退去」を告げられたのは、入居からわずか1年が経過したころのことでした。
健一さんが老人ホームに入居することになったきっかけは、母の他界でした。それまで夫婦二人で暮らしていた健一さんですが、妻を亡くした喪失感からか、急速に認知症の症状が進み始めました。
「最初は『財布がない』といった物盗られ妄想から始まりました。そのうち、夜中に『会社に行く』と言って外を徘徊するようになってしまって。警察に保護されたことも一度や二度ではありません。私も夫も働いていますし、同居して24時間見守るのは物理的に不可能でした」
由美さんは、インターネットや区役所の窓口で情報を集め、必死で入居先を探しました。条件は「認知症の受け入れが可能」で「24時間の見守り体制」があること。予算は月額20万円程度。ようやく見つけたのが、実家から車で30分ほどの場所にある、介護付き有料老人ホームでした。
「見学に行った際、施設長さんが『うちは認知症ケアに力を入れていますから、安心してお任せください』と言ってくださったんです。その言葉を信じて、契約を決めました。父も最初は環境の変化に戸惑っていましたが、スタッフの方々が優しく接してくださり、穏やかに過ごしているように見えました」
しかし、平穏な日々は長くは続きませんでした。入居から半年が過ぎたころから、健一さんの行動に変化が現れ始めます。
「昼夜逆転してしまい、深夜に他の入居者様の居室に入り込んでしまうようになったんです。父に悪気はないのですが、自分の部屋だと勘違いして、寝ている人の布団に入ろうとしたり、置いてあるお菓子を勝手に食べてしまったり……。被害に遭われた入居者様のご家族から、施設側に強いクレームが入るようになりました」
スタッフも懸命に対応してくれましたが、制止しようとすると健一さんが激昂し、大声を上げたり、スタッフの手を振り払ったりすることが増えていきました。そしてある日、施設長から由美さんのもとに一本の電話が入ります。
「『お父様はもう、ここでは見切れません』と言われました。他の入居者様の安全が確保できない、スタッフも疲弊しきっている、と。そして契約書の重要事項説明書にある『契約解除』の項目を示されたのです。そこには小さな文字で『他の利用者の生命・身体・財産に危害を及ぼす恐れがあり、通常の介護方法では防止できない場合』と書かれていました。次の行き先も決まっていないのに、期限を切られて退去を迫られる——あのとき覚えた絶望感は何ともいえないものでした」