「高額療養費制度があるから、万が一の時も金銭面は安心」。そう信じて、大切な家族のために最善の治療や環境を選ぼうとする――。日本の公的保険制度は世界的にも手厚いものですが、その「安心感」がかえって仇となり、家計に壊滅的な打撃を与えることがあります。ある男性のケースについてみていきます。
「まだ死にたくない…」70歳父、入院は個室・先進医療で1,000万円。高額療養費で戻ると信じた長男に、役所が告げた「非情なひと言」 (※写真はイメージです/PIXTA)

データが示す「無知」の代償

高額療養費制度についての誤解は、決して特異な例ではありません。

 

まず、入院費用を大きく膨らませる「差額ベッド代」。厚生労働省の資料によると、差額ベッドの全平均額は1日当たり6,714円(1人室の割合が高いため、2~4人室の平均は約2,900円程度)。しかしこれはあくまで全国平均です。都心部の大学病院などでは、1日3万円~5万円という設定も珍しくありません。健一さんの父が利用したのは、1日2万円の個室だったそうです。これは決して法外な値段ではありませんが、仮に半年(180日)入院すれば360万円。これは1円たりとも戻ってきません。

 

次に「先進医療」。同省の『先進医療の各技術の概要(令和5年)』によれば、がん治療で用いられる「重粒子線治療」の平均的な技術料は約316万円、「陽子線治療」は約269万円。これらは公的保険との併用(混合診療)が認められているものの、技術料そのものは全額自己負担となります。

 

「窓口で呆然としていたら、後ろに並んでいた人に舌打ちされましたよ。友人に聞いても『それは無知すぎる』と呆れられて。本当に勉強不足でした」

 

自嘲気味に笑う健一さん。自身の勘違いで老後資金の多くを失いましたが、「父の願いを叶えたことに後悔はありません」と話してくれました。

 

[参考資料]

厚生労働省/中央社会保険医療協議会(第591回、令和6年7月3日)資料 厚生労働省『先進医療の各技術の概要(令和5年)』