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役所での戦慄「1円も戻りません」
中堅企業に勤める佐藤健一さん(仮名・45歳)。定年後に備え、コツコツと貯めた預金は1,500万円に達していたといいます。しかし、わずか半年で3分の1にまで激減。佐藤さんを襲ったのは、投資詐欺でもギャンブルでもありません。「親の医療費」という、誰もが直面しうる現実でした。
昨年の冬、70歳の実父が体調不良を訴え、大学病院で検査を受けたところ、ステージ4の膵臓がんが発覚しました。医師からは「標準治療での完治は難しく、余命は半年程度」という残酷な宣告。病室のベッドで点滴に繋がれた父は、いつになく弱気だったといいます。母を早くに亡くし、男手ひとつで健一さんを育て上げた気丈な父。その父が「私はまだ死にたくない。もっと生きたい……」と呟いたそうです。
親の死への恐怖を目の当たりにし、感情が揺さぶられないはずがありません。「できることは全部やろう」と決心した健一さんが医師に相談すると、保険適用外の「先進医療」という選択肢を提示されました。さらに父は、相部屋の騒音や気遣いを嫌がり、「静かな場所で過ごしたい」と個室(特別療養環境室)を強く希望したといいます。
「高額療養費制度があるから、医療費が高額になっても大丈夫だと聞いたことがあったので。とにかく父には最高の医療を受けてもらい、入院生活もできるだけ快適に過ごせるようにしました」
しかし、「医療費が高額になっても大丈夫だという思い込み」が、後の悲劇を決定づけることになります。先進医療に、ホテルのような個室への入院。父は8ヵ月後に、穏やかに息を引き取ったといいます。健一さんは「やるだけのことはやった」という達成感すら抱いていたとか。
葬儀を終え、初七日が過ぎた頃、健一さんは区役所の保険年金課を訪れます。手元には、病院に支払った領収書の束と、残高が500万円まで減った通帳。総額約1,000万円の支払いのうち、高額療養費として900万円近くが還付される計算でした。しかし、申請書を受け取った窓口の女性職員は、端末を操作しながら怪訝な顔を見せます。そして、「佐藤さん、大変申し上げにくいのですが……今回の申請額のほとんどは認められません。『差額ベッド代』と『先進医療にかかる技術料』は、そもそも健康保険の適用外だからです」と告げられたのです。
「耳を疑いました。『いや、医療費です。病院に払った金です』と反論しましたが、きちんと制度を理解していなかった私に落ち度があって……」
高額療養費制度は、あくまで「保険診療」の自己負担分が対象です。個室代や先進医療の技術料は、全額患者の自己負担となる「選定療養」や「評価療養」にあたり、計算の対象には入りません。説明を聞き、血の気が引いていくのが分かったと話す佐藤さん。1,000万円払って戻ってくるのは、わずかな標準治療部分の超過分のみでした。