内閣府の調査によると、65歳以上の一人暮らしの男性において、「会話の頻度が2週間に1回以下」の人は約15%にのぼります。注目すべきは、彼らの多くが天涯孤独ではなく、独立した子どもを持つ「普通の父親」であるという点です。会社を離れたあと、そのときの関係がいかに形式的なものであったかを思い知らされるケースも珍しくありません。ある男性のケースをみていきます。
スマホの登録件数「500件」なのに、誰も電話に出ない…妻亡き後、大晦日に高熱で倒れた69歳男性、「発信履歴」を見て悟った「残酷な現実」 (※写真はイメージです/PIXTA)

「俺は顔が広い」という勘違い

都内の分譲マンションで一人暮らしをする大崎修二さん(69歳・仮名)。大手企業の営業職として定年まで働き、還暦を過ぎてからは関連会社の顧問職も経験しました。長男は大阪で結婚し、長女も都内で家庭を持っています。そして一昨年、長年連れ添った妻をすい臓がんで亡くしました。


「寂しくないと言えば嘘になりますが、子どもたちもそれぞれの生活がありますからね。それに、現役時代は営業でしたから、外の付き合いは広いほうだと思っていましたよ。スマホの電話帳には500件以上入っていますし」


大崎さんは、自身の人間関係についてそう語ります。 趣味のゴルフには、月に一度はかつての同僚と出かける。行きつけの居酒屋に行けば、顔なじみの店主と言葉を交わす。自分はニュースで見るような「孤独な老人」とは違う――。大崎さんは、そう信じて疑いませんでした。


国立社会保障・人口問題研究所『2022年 社会保障・人口問題基本調査 生活と支え合いに関する調査』によると、日常生活における頼れる人の有無を尋ねたところ、一人暮らしの高齢女性は5.4%に対して、男性は24.9%。


多くの日本人男性において、人間関係の結節点となっていたのは「会社」と「妻」です。この2つを失ったとき、残された膨大な「連絡先」が、実は空虚なものであることに気づく人は少なくありません。大崎さんもまた、その現実に最も過酷なタイミングで直面することになりました。

大晦日の夜、39度の熱と「選別」のリアル

異変が起きたのは、世間が新しい年を迎える準備に追われていた、12月31日の夜のことでした。夕食に蕎麦を茹でようとキッチンに立った瞬間、強烈な悪寒が走り、その場にうずくまってしまいました。何とか寝室に這っていき熱を測ると、体温計は39.2度を示していました。


「頭がガンガンして、節々が痛い。インフルエンザかコロナかわかりませんが、とにかく動けなくなってしまった。冷蔵庫にはビールと日本酒しか入っていない。水も食料もない状態で、これはマズいと思いました」


かかりつけのクリニックは当然、正月休みに入っています。意識はあり、呼吸も苦しくはないため、救急車(119番)を呼ぶべきか躊躇われました。


「誰かに水と薬を買ってきてもらえないか」。その一心で、大崎さんは枕元のスマートフォンを手に取りました。 そして指は、「息子」と「娘」の名前の上で止まりました。普通に考えれば、遠慮なく電話すべき相手です。しかし、大崎さんは発信ボタンを押せませんでした。


「大晦日の夜でしょう。息子のほうは、向こうの親御さんと食事中だと言っていました。娘のほうも、孫たちがはしゃいでいる時間帯です。そこに、『熱が出た、助けてくれ』なんて電話を入れたらどうなるか。場の空気はしらけるし、向こうの親御さんにも気を遣わせる」


なにより、大崎さんの指を止めたのは、父親としての小さなプライドでした。

 

「ずっと『俺は大丈夫だ、元気だ』と言ってきたんです。それが、たかが熱が出たくらいで、子どもに泣きつくのかと。まだ意識はある。そうなると、途端に『迷惑をかけたくない』という気持ちが勝ってしまった」