久しぶりに帰省した実家が、足の踏み場もないほどモノで溢れかえっていたら……。かつて整然としていた姿を知っているからこそ、その衝撃は計り知れません。「親のために」と良かれと思って始めた片付けが、実は親を追い詰めてしまうこともあります。ある親子のケースから、ゴミ屋敷化の背景にあるものを探ります。
「捨てないで! 全部、思い出なの」ゴミ屋敷の実家で75歳母が絶叫。帰省した52歳娘が見た「絶望の光景」 (※写真はイメージです/PIXTA)

「母のため」と思い、張り切って掃除をしたが

都内・会社員の田中美咲さん(52歳・仮名)。彼女の実家は、都心から電車で2時間ほどの距離にある郊外の戸建てです。5年前に父が亡くなってからは、母の佐藤よし子さん(75歳・仮名)が一人で暮らしていましたが、仕事の忙しさを理由に、美咲さんが実家を訪れるのは1年ぶりのことでした。

 

「玄関のドアを開けた瞬間、独特の埃っぽい臭いが鼻をつきました。靴を脱ぐ場所もないほどモノが溢れかえっている光景を見て、正直、帰ってこなければよかったとすら思ったほどです」

 

記憶の中の実家は整理整頓がなされ、きちんと掃除が行き届いた場所でした。しかし、目の前に広がっているのはまさにゴミ屋敷。

 

「部屋の惨状がショックで。『これじゃあ危ないよ、転んだらどうするの』って。もう、どこから手を付けたらいいのか、絶望するほどの荒れ具合で。私はすぐに着ていたコートを脱いで、腕まくりをしたんですけど」

 

美咲さんは、母のためを思い、すぐに「大掃除」に取り掛かりました。リビングのテーブルには、いつのか分からない調味料や薬の袋、何年も前の新聞が山積みです。美咲さんが大きなゴミ袋を広げ、手当たり次第にモノを入れ始めると、背後で母がおろおろと動き回る気配がしました。

 

「『それはまだ使うから』『後で整理するから置いておいて』って、母が必死に止めるんです。でも私から見れば、賞味期限切れの缶詰や、穴の開いた靴下なんて、どう見てもゴミじゃないですか。『お母さん、こんなガラクタに囲まれてたら病気になっちゃうよ!』と、そのまま掃除を続行したんです」

 

テキパキと部屋を片付けていく美咲さん。しかし、その善意がかえって母を追い詰めていることには気づいていませんでした。そして、美咲さんが押し入れの奥から出てきたボロボロの紙袋の束をゴミ袋に放り込もうとした瞬間、事件は起きました。

 

「『もう、何でも捨てないで! 全部、大切な思い出なの!』と。あんなに必死な形相で叫ぶ母を、私は初めて見ました」

 

美咲さんは驚いて手を止めました。その紙袋に入っていたのは、なんでもない日常のメモ書きや、父が生前使っていた何気ない日用品、そして美咲さんが子どもの頃に書いた手紙でした。

 

「母は私を睨みつけるようにして『汚いのは分かってる。でも、これがないと寂しいのよ』と。私にはゴミにしか見えないものでも、母にとっては、父がいなくなった寂しさを紛らわせるために、なくてはならないものだったようで」

 

結局、その日は途中で片付けを中断しました。少しだけ床が見えるようになった部屋で、母は紙袋を膝に置いたまま、どこか遠くを見るように黙り込んでしまったといいます。

 

「部屋は綺麗になったはずなのに、母との間に距離ができてしまった気がして。今もまだモヤモヤしています。私、どうすればよかったんでしょうか」