高齢者の住まいとして存在感が増している「老人ホーム」。入居が決まったとき、多くの家族は安堵し、そこで「ゴール」したかのように錯覚します。しかし、老人ホームへの入居は、あくまで新しい生活のスタートに過ぎません。 入居時には完璧に見えても、時間の経過とともに綻びが出ることも。一度は手に入れたはずの安住の地を去らなければならない、または自ら去る決断をすることも珍しくはありません。今回みていくのは、誤嚥性肺炎で入院後に退去勧告を受けた80代女性のケースをみていきます。
「最期まで看るって言ったじゃない!」78歳父への退去勧告に49歳娘が絶叫。老人ホーム「24時間看護」の残酷な現実 (※写真はイメージです/PIXTA)

「安心を買ったはずだった」入居金500万円を支払った老人ホーム

神奈川県在住のパート主婦、田中由美子さん(仮名・49歳)。由美子さんの父、健造さん(仮名・78歳)が、その「介護付有料老人ホーム」に入居したのは2年前のことでした。 妻に先立たれ、自宅での独り暮らしが難しくなっていた健造さん。「娘に迷惑はかけられない」と、自らが老人ホームに入居することを決断。自宅を売却して作った資金で、入居一時金500万円、月額費用25万円の施設への入居を決めました。

 

決め手になったのは、施設長からの「うちは24時間看護体制が整っています。看取りまで責任を持って対応しますので、ご安心ください」という力強い言葉でした。

 

「父も私も、その言葉を信じ切っていました。ここなら最期まで穏やかに暮らせる、そう思って契約書に判を押したんです」

 

入居当初、健造さんは施設での生活を楽しんでいました。レクリエーションに参加し、他の入居者と将棋を指す日々。由美子さんも、週末に面会に行くたびに父の笑顔を見て、安堵していました。「高いお金を払った甲斐があった」とさえ思っていました。

 

しかし、状況が一変したのは先月のことです。 健造さんが誤嚥性肺炎を起こして入院。一命は取り留めたものの、飲み込む力が急激に低下し、退院後は頻繁な「痰の吸引」が必要な状態となってしまったのです。

 

退院の目処が立ったころ、由美子さんは施設長に呼び出されました。

 

「お父様のお身体の状態ですが、今の当施設では対応が困難です。退院後は、別の病院か施設を探していただけますか」

 

耳を疑いました。

 

「えっ、どういうことですか? 入居するとき、最期まで看てくれるって約束しましたよね? 24時間看護だって……」

 

施設長は申し訳なさそうに、しかし事務的にこう告げました。

 

「ええ、看護師はおります。ですが、夜間は常駐していないのです。お父様のように、夜中も数時間おきに医療的な吸引が必要となると、夜勤の介護スタッフだけでは法律的にも体制的にも対応しきれません」