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1,500万円の退職金が…「終の棲家」への投資が招いた老後破産の危機
都内の木造一戸建てに住む田中隆司さん(68歳・仮名)。長年勤めたメーカーを再雇用後に退職し、現在は趣味の園芸を楽しみながら悠々自適の生活を送っていました。
隆司さんの年金は月額約18万円。妻の良子さん(66歳・仮名)の年金月10万円と合わせれば、贅沢とはいかなくても、余裕ある暮らしを送ることができていました。しかし、隆司さんにはひとつ懸念がありました。それは、築35年になる自宅の老朽化です。
「あちこちガタがきていましたし、私も妻もまだ元気ですが、この先どちらかが車椅子生活になるかもしれない。そこで思い切ってフルリノベーションをすることにしたんです」
隆司さんがこれほどこだわった背景には、自身の親の介護経験がありました。 「親の介護の時、狭い廊下や段差に本当に苦労しました。だから退職金が入ったら、車椅子でも生活できる完璧な家にしようと決めていたのです」
手元に残っている退職金は約1,500万円。定年時に受け取ってからほとんど手をつけていませんでした。隆司さんはそのうちの1,000万円を投じ、フルリノベーションを決行しました。 こだわったのは「スペースの拡張」です。将来、介助者が一緒に入れるようトイレと洗面所を倍の広さにし、廊下幅も車椅子が回転できる広さを確保。さらに、家中の開き戸をすべて上吊りの引き戸に変え、段差を完全になくしました。
「業者からは『水回りと廊下を広げると、その分、どうしても居室や収納が狭くなります』と言われましたが、『老後はモノも減るし、広いリビングより動きやすさが命だ』と私が押し切ったんです」
しかし、リフォーム完了から半年後。良子さんが「もう限界。もうこの家には住みたくない、この家を売って引っ越したい」と涙目に。原因は、隆司さんがこだわった「段差の解消」「水回りの拡張」「引き戸の多用」による弊害でした。
まず段差ゼロを徹底した結果、逆に使いづらさが目立つことに。すべての部屋を完全なフラットにしましたが、水回りの排水勾配が確保できず、床上げが必要になって天井が低くなりました。そのせいで以前よりも圧迫感を覚えるようになったのです。また玄関の段差をゼロにしたことで、雨の日に水が入りやすくなり、土間部分を見直す必要も出てきました。
さらにトイレと洗面所を拡張したしわ寄せで、キッチン背面のパントリーと廊下の収納が消滅。良子さんの調理器具や日用品がリビングにあふれかえることになりました。「片付けたくても場所がない」というストレスを、良子さんは毎日感じています。
くわえてバリアフリー化で敷居をなくし、気密性の低い引き戸を多用した結果、家中の音が筒抜けになってしまいました。特に、リビングのすぐ横に配置変更した「広くて使いやすいトイレ」の音が、食事中でもテレビを見ていても、生々しく聞こえてきます。
至る所に付けた手すりも、高さが夫婦には合っておらず、結局つかみにくさが気になります。トイレの手すりは角度が悪く、立ち上がりにくいという欠点が露呈。浴室の手すりは遠く、入浴時に危険を感じるほどです。
「妻は『前の家のほうが良かった。大金をはたいたのに、こんな住みにくい家になるなんて……』と泣いていました」 隆司さんは、「まさか車椅子生活になっても住み続けられるようにとリフォームしたのに、こんなことになるなんて」と肩を落とします。