(※写真はイメージです/PIXTA)
元大手企業部長の父がゴミ屋敷の住人に…
「玄関を開けた瞬間、生ゴミとカビ、それに排泄物が混ざったような強烈な異臭が鼻をつきました。まさかの惨状に『うっ、ウソだろ』と言ったきり、言葉がでませんでした」
関西在住の田中浩之さん(38歳・仮名)は、半年ぶりに訪れた実家の惨状をそう振り返ります。都内世田谷区にある実家は、築35年ながら立派な庭付きの一戸建て。そこに住む父、健二さん(78歳・仮名)は、現役時代は大手企業の部長を務めた厳格な人物でした。
「父はプライドが高く、身だしなみには人一倍気を使う人でした。現役時代は毎朝パリッとしたYシャツに袖を通し、靴もピカピカ。定年後の付き合いでも威厳を保っていました。それが、まさかあんな姿になっているなんて……」
浩之さんがリビングに入ると、そこは足の踏み場もないほどゴミ袋が積み上がっていました。コンビニ弁当の空き容器、飲みかけのペットボトル、汚れた衣類。そして、万年床となった布団の上で、父は薄汚れたパジャマのまま呆然と座っていたといいます。
「父は痩せこけ、髪も髭も伸び放題。私が『親父、これどうしたんだよ』と声をかけても、『うるさい、放っておいてくれ』と力なく返すだけでした。冷蔵庫を開けると、カビの生えたパンと腐った惣菜が入っているだけ。明らかにまともな食事をとっていませんでした」
きっかけは、2年前に母(健二さんの妻)が他界したことでした。専業主婦だった母は、家事一切を完璧にこなし、父の身の回りの世話を焼いていました。父は「男子厨房に入らず」を地で行く世代。お茶一杯、自分で淹れたことがないような人でした。
「母が亡くなった当初、父は『ひとりで大丈夫だ』と気丈に振る舞っていました。年金は月20万円ほどあり、蓄えもある。経済的な心配はありませんでした。でも生活スキルが皆無で、洗濯機の使い方もゴミの出し方もわからない。最初のうちは私が週末に通って教えていましたが、仕事が忙しくなり、ここ半年は電話で確認をする程度になっていました」
電話では「元気だ」「飯は食ってる」と答えていた健二さん。しかし実際は、母という支えを失い、さらに地域での役割も持たない父は、急速に社会との接点を失っていました。近所の目も気になり、ゴミ出しのルールが守れない自分を恥じて、次第に家に引きこもるようになったのです。
「何だかんだいって、母にベッタリな人でしたから、今思えば、寂しさもあったと思います。近所の人に話を聞くと、『最近、田中さんの姿を見ないから心配していた』と言われました。でも、父の性格を知っているから、誰も踏み込めなかったようです。プライドだけは高い人だったので、『助けて』とは言えなかったのでしょう。最悪の事態になる前に気づくことができてよかったです」