(※写真はイメージです/PIXTA)
会うたびに小さくなっていく父の背中
都内のメーカーに勤務する安田智子さん(仮名・45歳)。最近の心配事といえば、82歳になる父、茂さん(仮名)のことです。
物価高のなか、月12万円ほどの年金では生活も大変だろうと思うものの、倹約家だという茂さんは現役のころから貯蓄をしており、金銭面の不安はないそうです。一方で、築55年にもなる実家での高齢者ひとり暮らしは何かと不便。電話をかけた際に留守番電話になると、「転倒でもして、動けなくなっているのでは……」と心配になることもしばしばだといいます。
ある週末、智子さんは茂さんの様子を見るために実家を訪れました。
「いつものように『おう、よく来たな』と迎えてくれましたが、やっぱり、会うたびに背中が小さくなっていく――そんな気がしますよね。歩くスピードも極端に遅くなり、少しの段差でよろめくこともあるし」
父娘でテレビを観ながらくつろいでいると、「ちょっとトイレへ行ってくる」と茂さんはリビングを出ていきました。
「テレビを観ていたので気づかなかったのですが、20分経っても父は戻ってこなくて。お腹でも壊したのかと思いましたが、それにしても時間がかかりすぎている……。そう案じていたら、廊下の奥にあるトイレの方から、異様な音が聞こえてきたんです」
「ぐぅ……ぬぅ……っ」。力を振り絞るような、苦しそうな「うめき声」でした。
背筋が凍るような恐怖を感じ、智子さんは慌てて廊下を走りました。「お父さん、どうしたの?」ドア越しに声をかけても返事はありません。ただ、衣擦れの音と、荒い息遣い、そして何かがぶつかる音が聞こえるだけです。
最悪の事態が頭をよぎり、智子さんはドアノブに手をかけます。鍵はかかっていません。勢いよくドアを開けた瞬間、智子さんは絶句しました。
そこには、洋式便器の中に、お尻が深くハマり込み、手足をバタつかせている父の姿があったのです。どうやら用を足そうとした際、便座が上がっていることに気づかず勢いよく座り込んでしまい、お尻が便器の奥まで食い込んでしまったようでした。
「父の痩せこけた腕と足では、自分の体を持ち上げるだけの筋力が残っていなかったみたいで……。『出られなくなっちまって』と恥ずかしさと情けなさで顔を真っ赤にしていましたが、なんだか悲しくなり、思わず涙ぐんでしまいました」
かつて厳格で頼もしかったのに、あまりに無防備で小さな姿――それは智子さんに、「親の老い」を強烈に突きつける光景でした。