仕事や家庭を失い、実家を頼る我が子。親として手を差し伸べるのは自然なことですが、その優しさが時として、子どもの社会復帰を阻む「落とし穴」になることがあります。ある父親が息子に下した非情ともとれる決断の背景をみていきます。
実家で暮らしたいなら…42歳出戻り息子、絶句。年金月18万円・68歳父が突きつけた、まるで赤の他人な「同居条件」 (※写真はイメージです/PIXTA)

リストラ&離婚…出戻り次男に対する「父の嫌な予感」

65歳で完全リタイアした、都内在住の佐藤健一さん(仮名・68歳)。月18万円の年金を受け取りながら、4つ年下の妻・陽子さん(仮名)と定年後の生活を楽しんでいました。

 

「30過ぎに、都内の郊外に戸建てを購入しました。会社まではドア・ツー・ドアで1時間強。毎日の通勤電車は辛かったけれど、仕事を辞めた今、『やっぱり、環境のよいところに家を買ってよかった』と納得する日々です」

 

そんな生活に大きな変化があったのは半年ほど前のこと。次男の和也さん(仮名・42歳)がリストラ、さらに離婚。実家に戻ってきたい、という申し入れがあったのです。

 

「お調子者で、ノリで生きているようなやつなので、40を超えても心配が尽きません。『今どき転職なんて当たり前だから』と仕事を変えたのは数知れず。『リストラにあった』と言われたときも妙に納得しました。離婚についてもそう。結婚する前は連れてくる子、連れてくる子、毎回違ったので……」

 

そんな次男だからでしょうか。親として、黙って部屋を与え、温かい食事を出せば、その環境に甘えてしまうのだろうという確信があったといいます。「真面目を地で行くような人間」と自身を称する佐藤さん夫婦。老後に備えて、コツコツとお金を貯めてきたうえ、少しでも子や孫に残せたらと考えてきただけあり、「正直、貯蓄はある」とか。居候がひとりやふたり増えても大丈夫だという自信もあるそうです。

 

「リストラ、離婚と続いた次男は、『もう疲れた、しばらく実家でゆっくりさせて』と。そりゃ、心身ともにボロボロになりますよ。ただ居心地のいい実家にいたら慣れ切ってしまい、『もう社会に出るのはいやだ』『仕事なんてしたくない』なんて言い出しかねない。極端かもしれないけれど、次男の場合、可能性はゼロではない」

 

健一さんは息子を実家に呼び出しました。そして、クリアファイルから一枚の書類を取り出し、息子の前に滑らせました。それは、インターネットでダウンロードし、健一さんが自ら作成した「建物賃貸借契約書」。

 

「見よう見まねでつくったもので、息子はきょとんとしていましたが、『住みたいなら、この契約書にサインをして、家賃を払え』と突きつけたんです」

 

家賃は周辺の相場に合わせて月8万円。そして特約事項には、「就労していることを入居条件とする」の一文。さらに契約期間は「6カ月」とし、更新の可否は大家(父)が判断するという期限付きだったとのこと。

 

「息子は言葉を失っていましたよ。そして『精神的に参っている人間に対してあんまりだ。あんた鬼か、悪魔か!』と、テーブルを叩いて詰め寄ってきました」

 

冷静さを失っている和也さん。一方で健一さんは落ち着いて、きちんと契約書を作成した真意を伝えました。和也さんは泣く泣く、契約書にサイン。そして翌週には「家賃を払うためだ」と、配送センターの夜勤アルバイトを始めつつ、転職活動を始めたといいます。