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定年まであと30日。妻が突き付けた離婚届
大手メーカーに勤務する高橋 健一さん(59歳・仮名)は、定年退職を迎える日を心待ちにしていました。大学卒業から約37年、ひたすらに働き続けてきた日々が終わる――その感慨はひとしおだったといいます。
「仕事は大変なこと、ツラいことのほうが多いじゃないですか。特に50を過ぎたあたりからは、ジェネレーションギャップに苦労することも増えたし、最近は何でもハラスメント、ハラスメントと気を遣うし――息苦しい毎日からやっと脱出できると思うと、本当に嬉しかった」
健一さんはそう振り返ります。家庭は妻・美里さん(58歳・仮名)がしっかりと守ってきてくれました。そのかいあって、出世コースを歩んできたとは言い難いサラリーマン人生でしたが、2人の子どもたちは立派に社会人となり、住宅ローンも完済。ベテラン社員でありながら、健一さんの小遣いは月3万円と、結婚以来30年以上ほとんどあがることはありませんでしたが、それでも美里さんがしっかりと家計をコントロールしてくれているからと納得していたといいます。
「私も飲み会みたいな席は苦手だったし、ちょうどよかった。管理職になると、金を出すばかりでつまらないし。趣味らしい趣味もないし、使うのは昼ご飯くらいだから、ちょうどよかったですよ。同僚は飲み会だ、ゴルフだ、釣りだと、楽しんでいましたが、そんなに遊んで将来は大丈夫なのかと心配でしたよ」
とにかく、息苦しいサラリーマン人生に終止符が打てる。定年退職後は、妻とゆっくりと旅行でも――そんなことを漠然と考えていた矢先のこと。定年まであと30日を迎えるころだったといいます。
「その日、帰宅すると、妻がダイニングテーブルに座って待っていた。いつもは私の帰りを待つなんてないのに、珍しいと思っていました。すると、妻が『単刀直入にいいます。離婚しましょう』と」
差し出されたのは「離婚届」。そして、もうひとつの書類は「財産分与請求書」と題されていました。そこには、預貯金(健一さんが把握していない口座名まで記載されていました)、自宅不動産、そしてまだ支給されていない健一さんの退職金見込額に対しておおよそ「2分の1」を要求する旨が、弁護士の印とともに記されていたのです。
健一さんは、何が起こっているのか理解できず、「冗談だろう?」というのが精いっぱいだったといいます。
「妻は『もうずいぶんと前から考えていた。もう同じ空気を吸いたくない』というので。ここまで言われたら、何も言えませんよ」
美里さんいわく、結婚32年間、健一さんは「家族」ではなく「会社」にだけ向き合ってきたといいます。確かに、「家のことは妻にまかせてあるから安心」と、学校行事も、家族旅行の計画も、家の修繕も、すべて妻任せ。会話といえば会社の愚痴か、たまに子どもの進路などの確認だけだったといいます。
「『私とこの先も一緒にイメージがわかない。一緒にいることを想像すると鬱になる』というじゃないですか。私は『仕事を辞めたら夫婦で旅行でも』と考えていたのに、夫婦で考えていることがこんなにも違うなんて、愕然としました」
本当は定年退職後に話をしようと考えていたという美里さん。ただ会社を辞めてから言うほうが残酷だと考えて、定年の1ヵ月前に言うと決断したといいます。
「定年前に離婚を突きつけるのが、せめてもの優しさとでも言うんでしょうかね。私は月3万円の小遣いで頑張ってきたんですよ。全部、家族のためです。それなのに、こんな仕打ち、ありますか?」