(※写真はイメージです/PIXTA)
「親切な人」が持ちかけた「年金代わりの投資」
「まさか、自分の親が詐欺まがいのものに引っかかるとは思っていませんでした。いや、今でも母は『騙された』とは認識できていないかもしれません。それが、何より恐ろしい」
都内のIT企業に勤務する田中健一さん(48歳・仮名)。彼はこの数ヵ月、実家で一人暮らしをする母親の「投資」トラブルの解決に奔走しています。
健一さんの母親である良子さん(72歳・仮名)は、3年前に夫を亡くし、現在は神奈川県郊外の一軒家で一人暮らし。健一さん自身は仕事が多忙なこともあり、実家に帰るのは2〜3ヵ月に一度。普段のコミュニケーションは、週に一度の電話が中心でした。
異変の兆候は、約3ヵ月前の電話だったといいます。
「その日の母は、いつもと違って声が弾んでいたんです。『最近、とっても親切な人が家に来てくれるようになった』と。聞けば、不動産会社の営業マンだとか。『このご時世に、飛び込み営業か?』と少し気にはなりましたが……」
良子さんは電話口で、その営業マン——佐々木と名乗る30代くらいの男性——がいかに「いい人」であるかを熱心に語ったといいます。
「『ふふふっ、本当にいい人なのよ』と、珍しく楽しそうに笑うんです。『この前は、お米を買うのを手伝ってくれて、家まで運んでくれた』『私が話す昔話も、嫌な顔ひとつせずに聞いてくれる』と。独居老人の話し相手になってくれる。ただ、それだけで母は彼をすっかり信用してしまったようでした」
健一さんは当時、多忙なプロジェクトの最中だった。「『変な契約だけはするなよ』と釘は刺しましたが、『大丈夫、大丈夫。ただのおしゃべりだから』と笑う母の声に、それ以上強く追及するのをためらってしまいました。母が楽しそうなら、と。それが最大の油断でした」
健一さんが実家を訪れたのは、その電話から約1ヵ月後の週末。
「特に変わった様子はありませんでした。家もきれいに片付いていましたし、母も元気そうだった。ただ、食卓の上に見慣れないファイルが置かれていたんです」
手に取ると、表紙には『XXアセットパートナーズ』という、健一さんの聞いたこともない社名が印字されていました。
「『母さん、これ何?』と尋ねると、母は待ってましたとばかりに、『ああ、それ! 佐々木さんの会社の資料よ。すごくいいお話なの』と嬉しそうに話し始めました」
良子さんの話を要約すると、こう。佐々木氏は、「お母さんの将来が心配だ」「旦那さんが残してくれた大事な資産を、このまま低金利の預金にしておくのはもったいない」「息子さん(健一さん)に迷惑をかけないためにも、ご自身で資産を運用すべきだ」と、繰り返し説いたのだとか。
そして、「年金代わりになる」「節税対策にもなる」と勧めてきたのが、地方都市のワンルームマンション投資だったというのです。
「ファイルの中身を見て、血の気が引きました。そこにあったのは、築10年ほどの地方都市のワンルームマンションの売買契約書と、ローンの申請書類でした」
物件価格は2,800万円。健一さんがスマートフォンの不動産サイトで近隣の相場を調べると、せいぜい2,000万円前後で取引されているような物件だった。良子さんは、その割高な物件を購入するために、72歳にして30年ものローンを組む契約を、まさに進めている最中だったのだ。
「『どういうことだよ!』と母を問い詰めましたが、母はきょとんとしていました。『だって、佐々木さんが全部やってくれるって。家賃保証があるから損はしないし、保険の代わりにもなるって言ってたわよ』と。契約書の細かい文言など、まったく理解していませんでした」
佐々木氏が提示したシミュレーションでは、家賃保証によって毎月安定した収入が入り、ローンの返済を差し引いても数千円の利益が出る計算になっていました。しかし、その「家賃保証」が数年ごとに見直されるリスクや、サブリース契約が一方的に解除される可能性については、説明された形跡がなかったといいます。
「『母がこだわったのは、シミュレーションの数字ではなく、『佐々木さんがいい人かどうか』でした。『あの人は悪い人じゃない』『私の孤独をわかってくれた』『あんなに親身になってくれる人が、私を騙すわけがない』と佐々木氏は、投資のメリットを説く時間よりも、母の愚痴や世間話に付き合う時間のほうが、圧倒的に長かったようです』」
健一さんは絶句した。「あの弾んだ電話の声は、投資で儲かる期待ではなく、単に『自分を気にかけてくれる人が現れた』という喜びだったんです。詐欺師は、母の資産ではなく、まずその『孤独』につけ込んだ。巧妙で、悪質極まりない手口です」
幸い、健一さんが気づいた時点では、まだ契約書に署名した直後で、ローンの本審査は通っていませんでした。健一さんはすぐに弁護士に連絡し、クーリング・オフ(契約解除)の手続きを取ったといいます。
「『佐々木氏に電話をしたら、それまでの穏やかな態度とは豹変し、『契約内容を理解した上で署名したはずだ』『営業妨害で訴える』などと高圧的な態度を取られました。結局、弁護士が入ったことで相手も折れましたが、もし私が帰省していなかったら、と考えると、ぞっとします』」