「老後2,000万円問題」に象徴されるように、多くの人が老後の生活資金に不安を抱えています。確かに、十分な貯蓄は安心材料のひとつです。しかし、お金があれば必ずしも「幸せな老後」が送れるとは限りません。ある80代男性のケースをみていきましょう。
もう金はない…〈貯金2,000万円〉を使い果たした82歳男性、それでも「今が一番」と断言するワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

82歳、「今が一番幸せ」と語る真意

「お恥ずかしい話ですが、貯金はもうほとんど残っていません」

 

野村昭さん(82歳・仮名)。現役時代は中堅メーカーでエンジニアとして働き、退職金とコツコツと続けた貯蓄で、老後資金として約2,000万円を準備していました。10年前に妻に先立たれてからはひとり暮らし。悠々自適とはいかなくとも、お金の心配はないはずの老後でした。

 

しかし、現実は計画通りには進みません。

 

「あんなに大きなリフォームをするつもりはありませんでした」

 

妻が亡くなる前のこと。「お風呂場が寒いと危ない」という話題を耳にしたことがきっかけで、大規模なリフォームを実施。「最期まで住めるようにとお金をかけたんですが……妻が今の家に住めたのは、たった1年でした」と、少し悔しそうに話します。

 

追い打ちをかけたのが、野村さん自身の病気でした。75歳の時、軽い心筋梗塞で入院・手術。幸い後遺症は残りませんでしたが、医療費やその後の通院費は、年金暮らしの家計に重くのしかかります。

 

「独立した子どもたちも、ちょうど孫の教育費がかさむ時期なんですよね。今の人たちは、給与も思ったほど上がらず、大変だというじゃないですか。だから少しでも力になってあげたいと……見栄を張った部分も、正直あります」と野村さんは笑います。

 

通帳の残高はみるみる減っていき、ついに2,000万円あった貯蓄はほぼ底をついたといいます。

 

「正直、貯金が500万円を割ったあたりが一番不安でした。『この先どうなるんだ』『惨めな老後になるんじゃないか』とかね」

 

しかし、すべてを使い果たした今、野村さんの表情は不思議と晴れやかです。

 

「不思議なものですね。頼るものがないと思ったら、逆に不安がなくなりました。十分暮らしていけるだけの年金はあるし、雨風しのげる家もある。大病しても、この年齢だと諦めるしかないので、逆にお金もかかりませんよ」

 

最近は近所の公民館でのボランティア活動と、地域の囲碁サークルに参加するなど、積極的に人との交流を図っているといいます。

 

「元々、人付き合いは苦手なんですよ。でもコロナがあったでしょ。本当、孤独で苦しかった。だから今になって、勇気を出して飛び込んでみたんです。囲碁の仲間、ボランティア先の若いスタッフ、ただの散歩友達――80歳を超えて、こんなにも交流の輪は広がるんですね」

 

お金がないから人を頼るしかない。頼るお金がなくなったからこそ、毎日笑い合える仲間を得ることができたのではないかと、野村さんは自己分析をします。

 

「とにかく、今が一番幸せですよ」