「賃貸か購入か」は、多くの人にとって人生の大きな選択ですが、その判断基準は複雑であり、「買い時」やローンの組み方、老後の住み替えまで不安は尽きません。株式会社アーキテクト・ディベロッパー代表取締役社長の木本啓紀氏が、ゴールドマン・サックスでの長年の投資経験で得た知見から、不動産に関してよくある悩みを、金融のロジックに基づき解説します。

買うタイミングは「ライフステージ」で決まる

「賃貸か購入か」というのは、永遠のテーマだと思います。ただ、これは二軸で考えるものではなくて、「買う」と決めた人がどう買うか、「借りる」と決めた人がどう借りるか、という考え方のほうが良いのではないかと思っています。

 

「買う」ことによる人生のインパクトは、非常に大きいものです。たとえば、3年前に都内のマンションを買った人は、この3年間の値上がりによって、大きな含み益を得ているでしょう。もちろん、逆のケースもあります。

 

「買い時」かどうかは、正直、神様にも分かりません。「今買うべき」か「買わないべき」か、誰も判断はできないのです。むしろ、「買ったら必ず大きなインパクトがある」ということを理解したうえで、それでも買いたいと思うのか、買うだけの理由があるか、という判断だと思います。

 

たとえば、犬がいて、戸建てに住みたい。でも戸建てで借りられる物件はあまりない、それであれば買おう、といったように。その人自身のライフステージのなかで、「買いたいのか」、それとも「借りたいのか」という選択肢が最初にあり、結果として買ったものが良かったか、悪かったか、というのは、ある意味「博打」なのです。

 

良い意味でも悪い意味でも、人生に不確定要素を持ちたくないという人は、基本的には「借りる」という選択をしておいたほうが、不確定要素の数は少ないかなと思います。

購入と賃貸、それぞれの事情と「老後の現実」

私は、港区のマンションに賃貸で住んでいます。そこは1棟全部が賃貸で、テナントの半分ぐらいが外国人、もう半分が日本人です。日本人は大企業の創業家や名家の人たちが多い。彼らはお金が十分あるから家は買えるはずですが、やはり理由があって賃貸に住んでいるのだと思います。

 

賃貸の魅力は、「住所」をいつでも移せることです。有名な方や経営者だと、自宅が特定されるリスクがあったときに、そこから引っ越すことができます。また適度に人間関係が希薄なところもよいのではないかと思います。

 

一方で、知人で“ヤドカリ”のように分譲マンションを買い替えている人がいます。彼は、住宅ローンは「最強のファイナンス」だといいます。金利は低いですし、購入金額に対して借りられる金額も大きい。彼は、値段が上がるだろうマンションを住宅ローンで買って住み、それを売って、また次に住み替える。自宅を売った場合は、3,000万円まで売却益が非課税になります。それを繰り返しているわけです。

 

このように、それぞれの置かれた状況が違うのに、一般化して「借りるべきか、買うべきか」を問うのは、あまり意味がないのではないでしょうか。

 

ただ、「高齢になった時に借りられないのではないか」という不安。それは、その通りです。少なくとも今のマーケット環境では、高齢者で仕事をしていない、しかし財産はある程度あるという人たちでも借りるのは難しいです。

 

賃貸派の人は、自分の気楽さや流動性の高さが魅力だといいますが、それは40歳、50歳までの話かもしれません。そこから先は別のことを考えておかないといけません。

 

 

高齢者の住み替えと「リースバック」の注意点

大半の人にとって、保有財産で一番大きいものは「自宅」です。金融資産が足りなくなってくると、自宅を何らかの形で資金化するステージになります。

 

数年前、広尾ガーデンヒルズにお住まいの70代半ばの老夫婦から、「マンションを売りたい。売ったあとに小さく住み替えたいが、次の頭金がない。だから、3年間だけ定期借家契約でリースバックさせてほしい」という話がありました。

 

これは、お2人にとってあまり良い取引になりませんでした。なぜかと言うと、「3年間のリースバックが付いている」時点で、次の買い手は住宅ローンを使って買えないのです。住宅ローンは、基本的に「住むこと」が前提です。「買うけれども、住むのは3年後です」ということだと、日本の銀行は融資してくれません。

 

そうなると、いわゆる「投資用ローン」で買うことになります。しかし、広尾ガーデンヒルズは素晴らしいマンションですが築40年です。日本の金融機関は、築古のマンションに対して長期間のローンはつけられません。

 

結果として、キャッシュで買えるような買取業者などに資金調達できる人が限られ、不動産は本来あるべき価格から大きく下がってしまいます。その家に関しては市場価格より3割ほど安い金額での取引になりました。

 

本来取るべき行動は、次に住むところを何らかの形で確保し、そこに引っ越したうえで売る、ということ。住みながら、という順番になってしまうと、あまり好ましい結果になりません。

 

親戚に頼み込んででも「1年間だけでいいから相部屋させて」と頼むべきです。今、大きな戸建てに住んでいて、部屋が余っている人はたくさんいます。その人たちに頼んで、「家賃を払うから、1年間だけ窮屈だけど相部屋させて。この物件が売れたら、次のところを決めるから」と。これが一番合理的です。

 

徹底するだけの価値はあります。単価で2億円のマンションが3割安くなるということは、6,000万円安くなってしまうわけです。6,000万円も高く売れるなら、それは友達でも親戚でも頼んだほうがいいでしょう。

住宅ローンは「変動・頭金ゼロ」を選ぶ合理的な理由

住宅ローンについて、個人的には変動金利が好きです。理由は主に3つあります。

 

まず、変動金利は表面金利が低いこと。

 

次に固定金利にはペナルティがあること。固定金利で借りると、繰り上げ返済をするときにペナルティを払うケースがあります。金融機関は、予定された利益が取れなくなるため、その穴埋めを要求するのです。借り主が借り替えたい(繰り上げ返済したい)ときというのは、基本的に金利が下がっているときですから、ペナルティが発生する可能性が高いのです。

 

3つ目は、将来の借金まで全部固定化して固めるというのは、消極的な生き方だなと思ってしまうこと。

 

かなり偏った意見かもしれませんが、こうした理由で私は変動を選びます。頭金も、もちろんゼロに越したことはありません。お金が借りられる、かつ変動で借りるということは、いつでも「返すオプション」を持っていることになります。

 

金融的には、先に返すメリットはゼロです。特に低金利下ではなおさらです。たとえば1%で返すくらいだったら、1%以上のリターンがあるものに投資するか、1%以上の喜びがある何かの消費に回すほうが、はるかに良いです。

「分譲」の難しさ、私が「一棟賃貸」を選ぶ理由

分譲マンションを買うタイミングは、人によって違います。築30年のマンションで、30年前に安く買った人(ローン返済済み)と、今、高値でローンを組んで買った人では、メンタリティが違います。

 

そのメンタリティの違う人たちが、ひとつの物件の修繕について議論する。同じリスク感覚だったとしても、買った時期の簿価や借入れの多さによって判断は変わります。

 

これが「世代闘争」みたいになってしまうのです。

 

私が所有している築60年のマンションは、建て替えたほうが経済的価値は大きい。しかし、80歳近い古くからの所有者は「転居する場所がない」「このまま住みたい」といいます。40代、50代の所有者は建て替えたいのですが、どうしても聞かない人たちが一定層いる。現行法では多数の同意があっても少数の反対で進まないケースは多い。すごく難しい問題です。

 

運営面でも同じです。たとえ超高級な分譲マンションでも、買ったあとは住人が運営を決めます。節約を美徳する高齢者は多く、「受付は24時間要らない」「隔日にして管理費を減らせないか」という議論になる。

 

たとえば広尾ガーデンヒルズでは、「手すりを作りたい」という高齢者と、「美観が損なわれる」という意見がぶつかりました。この「美しさ」対「便利さ」がぶつかったとき、美しさは便利さに勝てないのです。

 

一方で一棟賃貸は、運営会社が「美観を損なうから、こんなところに手すりは要らない」などとハウスルールを決めます。非常にスムーズなのです。

 

▼記事の内容を動画で観る

 

株式会社アーキテクト・ディベロッパー

代表取締役社長 木本 啓紀

ゴールドマン・サックス証券株式会社アジア・スペシャル・シチュエーションズ・グループに18年間在籍。ローン債権、債券、不動産、エクイティ、証券化商品、オルタナティブなどあらゆるプロダクトを対象とした投資業務を経験。その後、ソフトバンクグループ株式会社に転じ引き続き投資業務に従事。2019年9月 当社取締役に就任。その後、ソフトバンクグループを退職し、2021年9月 代表取締役CEOを経て、2025年7月代表取締役社長に就任、現在に至る。

X: https://x.com/kimoto_adi 

note: https://note.com/adi_hirokikimoto