AIによる効率化が進み、物価上昇が続くインフレの時代。市場のルールが大きく変わるなかで、オーナー様はいかにして資産価値を守り、高めていくべきか。株式会社アーキテクト・ディベロッパー代表取締役社長の木本啓紀氏が、ゴールドマン・サックス出身の金融的視点から導き出す「リスク許容度」に応じたオーダーメイドの戦略と、デジタルでは代替できない仲介会社との「アナログな信頼関係」について語ります。

仲介会社との「アナログな信頼関係」が成約の鍵

今の時代、AIやインターネットでの物件検索は当たり前となりました。しかし、最終的に入居者様が契約を決めるプロセスにおいて、AIでは代替できない「人の力」が依然として大きなウェイトを占めていると私は感じています。

 

お部屋探しをされているお客様が、一度の内見で実際に足を運ぶ物件数はどのくらいだと思われますか? おおよそ3件、多くとも5件ほどではないでしょうか。それ以上の数になると、探されている方も情報の多さに疲れて意欲が低下してしまいますし、ご案内する仲介会社様にとっても、移動や鍵の手配などの業務負担が大きくなりすぎてしまいます。

 

つまり、数ある空室物件のなかから「最初の3件」に選んでもらえるかどうかが、勝負の分かれ目なのです。

 

そこで重要になるのが、仲介会社様とのリレーション(関係性)です。 不動産は「一物一価」、つまり同じものが二つとしてない商品です。だからこそ、最後は「人」の感覚や感情が動きます。仲介の担当者様に「この管理会社の担当者とはよく連携ができているから、この物件をご案内しよう」「あの担当者なら信頼できる」と思ってくださるかどうか。

 

社員の話を聞いていても、やはり仲介会社様に「顔と名前を覚えてもらうこと」を徹底しています。内見があれば「ありがとうございました」と一本電話を入れる。そうした泥臭いコミュニケーションの積み重ねが、「アーキテクト・ディベロッパーの物件なら紹介しやすい」という空気感を作り出し、優先的な紹介につながっていくのです。ここはAIには真似できない、人間力が試される部分です。

 

また、賃貸市場には明確な季節性があります。特に1月から3月は、新社会人や新入学生の方々が一斉に動く最大の繁忙期です。この時期は仲介会社様も目が回るような忙しさで、物件の写真を撮りに行く時間すら惜しい状況になります。

 

そこで私たちは、あらかじめ自分たちで撮影した綺麗な物件写真を仲介会社様に提供し、「これをネット掲載に使ってください」と提案しています。仲介会社様にとっては業務の手間が省けますし、私たちにとっても物件の魅力を正しく伝えられるチャンスになります。こういった「相手が動きやすくなる工夫」もまた、選ばれる理由のひとつです。

 

オーナー様の「リスク許容度」に合わせた提案

 

私が賃貸管理において最も重要視しているのが、オーナー様とのコミュニケーション、特に「リスク許容度」の共有です。

 

オーナー様は、常に不動産市場の動向をチェックできるわけではありません。一方で私たちはプロとして、日々の現場の動きやネット上の反響をリアルタイムで把握しています。この「情報の非対称性」を埋めるのが私たちの役割です。 「今は市場が動いているから強気の家賃設定でいきましょう」、あるいは「競合が増えているから、条件を少し緩和しましょう」といった提案は、正確な市場データがあってこそ可能になります。

 

しかし、正解はひとつではありません。なぜなら、オーナー様によって「物件を所有する目的」が異なるからです。

 

たとえば、「とにかく空室リスクを避けたい」というオーナー様がいらっしゃったとします。相場より若干下げてでも、早期に満室にすることで「安心」を提供することが優先されるケースもあります。空室期間が半年も続けば、その間の収益はゼロですから、早く埋めることが経済合理的である場合も多いのです。

 

一方で、「将来的な売却」を見据えているオーナー様もいらっしゃいます。 収益不動産の売却価格は、基本的に収益還元法(利回り)で評価されます。つまり、現在入居しているお部屋の賃料が高ければ高いほど、物件全体の評価額も上がり、高く売れる可能性が高まります。 こうしたオーナー様に対しては、多少の空室期間が発生するリスクを負ってでも、家賃を下げずに、あるいはリノベーション等で付加価値をつけて家賃を上げて募集する戦略を取ります。

 

「満室にすること」は共通のゴールですが、そこに至るプロセスにおいて、オーナー様が何を優先したいのか、どの程度のリスクなら許容できるのかを深く理解し、オーダーメイドの戦略を立てることが、プロの仕事だと考えています。

 

 

変化する入居者ニーズとインフレ時代の戦い方

 

ここ数年、コロナ禍を経て入居者様のニーズも大きく様変わりしました。 テレワークの普及により、「会社への通勤利便性」よりも「部屋の広さ」や「通信環境」を重視する方が増えています。都心の狭い部屋よりも、少し郊外でも広くて安い部屋、あるいは駅から遠くてもバス便が利用できれば許容範囲内、というように、住まい選びの基準が多様化しています。

 

また、VR内見の普及により、現地に行かずに契約まで完結するケースも増えました。北海道や沖縄にお住まいの方が、進学や就職のために首都圏の物件をネット上の情報だけで決める――そうした時代に対応するため、写真のクオリティ向上やVR環境の整備は、もはや必須要件といえます。

 

さらに、昨今の物価上昇も無視できません。 物価が上がれば、当然、家賃相場も上昇圧力を受けます。これまで決まらなかった家賃でも、全体相場が上がったことで適正価格となり、決まり始めるケースが出てきています。

 

これからのインフレ時代においては、「家賃を上げる」という攻めの選択肢も積極的に検討すべきです。 たとえば、これまで礼金をいただいていた物件であれば、あえて礼金をゼロにして初期費用を抑える代わりに、月々の家賃を数千円上げるという提案も有効です。入居者様にとっては初期負担が減り、オーナー様にとっては長期的な収益(インカムゲイン)と物件価値の向上につながります。

 

ただ単に「決まらないから家賃を下げる」のではなく、宅配ボックスの設置や無料インターネットの導入、防犯カメラの設置といった、今求められている設備投資を行い、物件の競争力を高めて家賃を維持・向上させる――そうした「攻めの姿勢」が、これからの賃貸経営には求められています。

 

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株式会社アーキテクト・ディベロッパー

代表取締役社長 木本 啓紀

ゴールドマン・サックス証券株式会社アジア・スペシャル・シチュエーションズ・グループに18年間在籍。ローン債権、債券、不動産、エクイティ、証券化商品、オルタナティブなどあらゆるプロダクトを対象とした投資業務を経験。その後、ソフトバンクグループ株式会社に転じ引き続き投資業務に従事。2019年9月 当社取締役に就任。その後、ソフトバンクグループを退職し、2021年9月 代表取締役CEOを経て、2025年7月代表取締役社長に就任、現在に至る。

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