住まいを「投資」として捉えるか、「消費(喜び)」として捉えるか。これは多くの人にとって大きな選択ですが、その判断基準は経済合理性だけでは測れず、最適解を見出すのは困難です。株式会社アーキテクト・ディベロッパー代表取締役社長の木本啓紀氏が、ゴールドマン・サックスでの長年の投資経験と、10回以上の引っ越しを経て得た知見から、独自の「住まいの哲学」と、彼が経験した「最高のマンション体験」について語ります。

マンションか一戸建てか。住宅から得られる「喜び」の価値

自宅というのは、「投資」の部分と「消費」の部分が組み合わさっています。「消費としても満足でき、結果的に投資にもなった」というのが、おそらく一番良い結果でしょう。

 

では、なぜ投資をするのかと考えれば、それは将来の自分の生活を支えるために行うわけです。仮に非常にお金持ちな人が、「本当は戸建てに住みたいけれど、マンションのほうが合理的だから住んでいる」と言っていたら、少し違和感を覚えるのではないでしょうか。 一方で、さまざまな事情で住宅と向き合わなければならない人が、「将来の不動産価値はどうなってもいいから戸建てにする」と決めてしまうのも、少し乱暴な議論かもしれません。

 

個人差はありますが、住宅から得られる「喜び」は非常に大きいものです。その喜びを諦めてまで得たわずかな資産が、失った喜びと釣り合うのかと考えると、私には疑問が残ります。

 

自宅に関しては、経済的にはかなり非合理に見える行動も、実は許容されるのではないでしょうか。むしろ、そのように考えていたほうが、結果として「損した気にならない」ともいえるかもしれません。

購入派か賃貸派か。「思い出」と「利便性」のバランス

私自身は賃貸派です。住宅が好きなので、色々なところに住みたくなってしまうのです。2001年に社会人になってから、職場が六本木ヒルズだったこともあり、その周辺で、もう10回以上は引っ越しています。ただ一方で、住宅を長く所有することによって得られる「思い出」やノスタルジックなものに対する価値は、非常に大きいとも思います。

 

もしかしたら私の場合、その価値は別荘を持っていることで補われているのかもしれません。その別荘で子どもたちと過ごした時間は、非常に価値のあるものです。そういう意味では、別荘は購入していますから「購入派」ともいえます。

 

都心は借りて住む。購入によって人間関係が固定化するよりも、「いつでも移動できる」という身軽さを優先している、ということです。一方で別荘は、近所付き合いもありません。滞在中も基本的にお隣さんは不在のことが多く、そうした距離感が私には合っているようです。

 

 

賃貸でも感じられる最高の体験

私は、同じマンションに3回住んだ経験があります。一度退去しても、またあそこに戻りたい、と感じさせる魅力がありました。

 

1位は、「ホーマットシリーズ」です。「日本にいらっしゃる外国人や大使館の方が、海外の住まいと同じように暮らせる家」というコンセプトで、和洋折衷の素敵なヴィンテージマンションとして知られています。

 

そのマンションは1棟すべて賃貸なのですが、「三◯系統」と呼ばれる特定の部屋(「〜30号室」)は格別でした。リビングダイニングが約40畳、15畳ほどの寝室が一つ。そして、外国人向けだからかユニットバスという仕様です。

 

廊下は一切ありません。独身で住むには、これ以上の「砦」はない空間でした。六本木の交差点まで5、6分で行けて、100平米近い広さの洒落た1LDK。そこは本当に素晴らしかったですね。

 

細部の話をすると、窓枠が「ヘーベシーベ」と呼ばれるドイツ製のものでした。操作(開閉)に特徴があり、非常に重厚な木材が使われていました。その窓枠が、マンションや部屋の内装にこれほど強いインパクトを与えるものなのかと、そのマンションに教えられました。そのマンションが好きな理由のトップ5には、間違いなくこの窓枠が入ります。

 

当時も最上階にはイタリア大使の方が住んでいましたし、住人の方も個性的な方が多かった気がします。

マンションの「セキュリティ」と、戸建ての「住み心地」

現在の住まいもマンションですが、南側の角部屋で、東・南・西に突き出たリビングダイニングがあります。そして、1階の部屋です。

 

その部屋の内側と同じくらいの広さの、非常に大きな専用庭が、南側と東側を回り込むように配置されています。朝はその庭越しに陽が差し込み、寝室で心地よく目覚めることができます。リビングダイニングから庭に出て、バーベキューをしたり、外にソファーを置いたりもできます。

 

つまり、マンションのセキュリティを享受しながら、戸建てのような住み方ができるのです。実質的に両方の長所を併せ持っており、私にとっては最高の環境です。

 

庭は専有部分ですが、管理会社が日比谷花壇に手入れを委託しているため、常に美しく整えられています。ですから、ここに引っ越してからは、緑を求めて軽井沢(別荘)へ行く頻度が減ってしまったほどです。

 

普通、マンションは竣工してから入居者を募集しますが、その物件のオーナー会社が「よかったら見に行きますか?」と、竣工の数ヶ月前、まだ内装が仕上がっていない時に見せてくださって。もちろん、正式な返事は竣工後でしたが、幸運な出会いでした。

住宅の魅力は「住まいの楽しさ」と「不動産の面白さ」

大抵の場合、「変な物件」というのは情報量が少ないものです。写真が1枚しかないとか。問い合わせて掘り下げて聞くと、「いや、実はこれ、事情があってこうなんですよ」といった話が出てくる。それはもう、必ず楽しい話の入り口です。

 

住宅には、二つの側面での楽しさがあります。 一つは「住まい」としての、心の豊かさや日々の楽しさ。 そしてもう一つは、「不動産」あるいは「金融資産」としての側面です。条件次第で価値が大きく変動する、そのダイナミズムもまた面白いのです。

 

不動産としても非常に興味深いですし、その「消費」の対象としても面白い。それが住宅の尽きない魅力だと考えています。

 

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株式会社アーキテクト・ディベロッパー

代表取締役社長 木本 啓紀

ゴールドマン・サックス証券株式会社アジア・スペシャル・シチュエーションズ・グループに18年間在籍。ローン債権、債券、不動産、エクイティ、証券化商品、オルタナティブなどあらゆるプロダクトを対象とした投資業務を経験。その後、ソフトバンクグループ株式会社に転じ引き続き投資業務に従事。2019年9月 当社取締役に就任。その後、ソフトバンクグループを退職し、2021年9月 代表取締役CEOを経て、2025年7月代表取締役社長に就任、現在に至る。

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