(※写真はイメージです/PIXTA)
穏やかな老後が続くと思っていた
清水由美さん(65歳・仮名)は、半年前、夫の徹さん(享年68・仮名)を突然の心疾患で亡くしました。70歳になったばかりの、あまりにも早い別れでした。
「夫は市役所勤めを勤め上げ、本当に真面目な人でした。几帳面で、借金やギャンブルとは無縁で。退職後は夫の月17万円の年金と私の年金合わせて、穏やかに暮らしていくものだと思っていたのに……」
ここ10年ほどは、義母・トメさん(仮名・故人)の介護に明け暮れていたという由美さん。肉体的にも精神的にもきつかったといいますが、その大変さからも解放されて、やっと穏やかな老後の日々がやってくる……そう思っていた矢先のことだったのです。
徹さんが亡くなり、四十九日も過ぎたころ。由美さんは遺品整理のため、夫の書斎に入りました。机の引き出しは施錠されています。予備の鍵でそれを開けたとき、由美さんの視線は、奥に隠された1封の茶封筒に釘付けになりました。「借用書」と記された紙が何枚も出てきたのです。合計金額は、1,000万円をわずかに超えていました。
「一体、何が……」
由美さんは、宛名を頼りに夫の親戚や古い友人をたどりました。そこで知らされたのは、由美さんが義母の介護に追われていた数年前、徹さんが連帯保証人になっていたという事実でした。
「夫には5歳年下の弟がいるのですが、昔から素行があまりよくなく、私も結婚当初から『あの人(義弟)とは金輪際、金銭的な関わりは持たないで』と夫にきつく釘を刺していました……私はもう40年近く、顔も見たことはありません」
しかし徹さんは妻である由美さんに内緒で連帯保証人になり、巡り巡って借金を負っていたのです。
「退職金の大半は、まずその穴埋めに消えていたようです。それでも足りず、親戚や古い友人にも頭を下げていたのでしょう。絶対に妻には内密に、と」
由美さんは、なぜ夫がそれを隠し通したのか、今は痛いほどわかるといいます。
「私が1番嫌っていた弟の、しかも借金の保証人になること。義母の介護で私に多大な苦労をかけている手前、口が裂けても言えなかった。『私が絶対に反対する』と分かっていたことと、『私への負い目』が、夫にすべてを隠させたのだと思います」
由美さんは、市の無料法律相談で弁護士に相談しました。弁護士からは、借金が資産を上回っているため、「相続放棄」を強く勧められました。
「もし、借金の相手が消費者金融とかであれば、私も迷わず相続放棄を選んだと思います。でも、借用書のなかには、夫が若い頃から世話になり、私も知る古い友人の名前もあって……」
夫が、どれほど切羽詰まってその友人に頭を下げたのか。それを考えると、由美さんには「夫が死んだので、チャラにします」とは到底言えませんでした。
「夫の生前、お世話になった人たちを、夫の死後に私が裏切ることはできませんでした」
由美さんは、「相続放棄」という法的な権利を使わず、すべての借金を相続する「単純承認」を選びました。
「幸い、自宅を売却すれば借金は返済できて、少しはお釣りがくる。心苦しい思いをして生きていくよりも、そのほうが精神的な負担は少ないと判断したんです」