(※写真はイメージです/PIXTA)
地元では「エリート一家」…60代夫婦の重い沈黙
井上一郎さん(67歳・仮名)と和子さん(67歳・仮名)夫婦。一郎さんは県庁の幹部職員、和子さんは中学校の教師として、それぞれ定年まで勤め上げました。
「こんな田舎だと、夫婦で公務員というだけで『エリート』と呼ばれます。周囲からの目もありますので、下手なことはできません」
それは子育てにおいてもそう。ひとり息子の健太さん(35歳・仮名)。勉強では学年トップが定位置だったこともあり、「エリートの子どもはやっぱり出来が違う」と評判を呼びました。地元の進学校から、都内の国立大学に進学。そのまま国家公務員、いわゆる官僚になりました。
「私たち夫婦の子どもとしては、出来すぎでした。ただ息子は息子なりに、周囲からの期待に応えないと、という感じていたのではないかと、今になって思います」
井上家はそんな地元でも注目の一家ではありましたが、いま、誰にも言えない秘密を抱えて、できるだけひっそりと暮らしてきたといいます。
「実は息子が仕事を辞めて、2階の部屋に閉じこもっています。ほとんど外にでることはありません。息子は仕事の忙しさや人間関係から、心に病を抱えてしまって……とても1人にできないと、私が連れて帰ってきたんです。しかし周囲の人は何も知りません」
自慢の息子がひきこもりに――そんなこと、口が裂けても言うことはできませんでした。井上さん夫婦、事あるごとにエリート夫婦と呼ばれてきたからでしょうか。息子がひきこもっていることは、「誰かに知られてはいけない一家の秘密」という気持ちが少なからずあったのです。
「……親、失格ですよね」
夫婦を最も苦しめているのは、田舎特有の「目」だといいます。
「健太くん、お盆には帰ってくるの?」
「東京で大活躍なんでしょう。さすが一郎さんところのお子さんだ」
近所の人々からの無邪気な、しかし、どこか詮索するような言葉が、夫婦の胸に突き刺さります。そのたびに、一郎さんと和子さんは、作り笑顔で嘘を重ねてきました。
「本当に息苦しくて、私たちもどうにかなりそうでした……」