老後資金のためにと、定年後に資産運用を始める人は増えています。しかし、十分な知識がないまま市場に参入し、大切なお金を失ってしまうケースが後を絶ちません。なぜ、このような失敗が起きるのでしょうか。
本当に申し訳ない…〈退職金2,400万円〉60歳・元教員。人生勝ち組のはずが、年上妻も崩れ落ちた「懺悔理由」 (※写真はイメージです/PIXTA)

退職金2,400万円。安定の「教員人生」をまっとうしたはずが…

宇佐美健司さん(60歳・仮名)。40年弱、勤めてきた公立中学校の教員を定年退職しました。元々は「安定しているから」という理由で選んだ職業。実際は、多感な時期の生徒指導、週末返上の部活動、そして多様化する保護者への対応と、想像以上に心身をすり減らす毎日だったといいます。

 

「教師を選んだ動機は、正直、不純でした。仕事も想像以上に大変でした。それでも非常にやりがいのある仕事でした。教師をまっとうできたのは、ひとえにやりがいだけですね」

 

3歳年上の妻、朋子さん(63歳・仮名)はパートとして家計を支え、二人三脚で2人の子どもを育て上げました。バブル崩壊やリーマン・ショックなど、景気の波に一喜一憂する同世代の民間企業勤務の友人を横目に、健司さんは公務員としてコツコツと貯蓄に励み、そして迎えた60歳。手にした退職金は2,400万円。これまでの貯蓄と合わせ、老後資金として4,000万円以上を準備できたといいます。

 

厚生労働省の調査によれば、60代前半で働く人の割合は増加傾向にあります。老後不安から多くの人が60歳以降も働き続ける選択をするなか、健司さんのように60歳で「上がり」を決め込めるのは、まさに「人生勝ち組」と言えるでしょう。

 

「定年を迎えて、寂しい気持ち半分、ホッとした気持ち半分です。教員仲間でも体力や気力の続く限り再任用で働く人がほとんどですが、でも私は、少し休んで、現役時代にはやれなかったことをやろうと、妻と話していたんです」

 

健司さんが長年、心の内に秘めていた「やりたかったこと」。それは「投資」でした。

 

「教員は、良くも悪くも『世間知らず』と言われます。職場では株や投資の話はタブー視されがちですし、私自身、公務員という立場上、資産運用にはどこか消極的でした。でも、周りではNISAだ、iDeCoだと騒いでいるし、知人の中には『億り人』になったという噂も。正直、羨ましかったんです」

 

退職後、健司さんは有り余る時間を手に入れました。そして、スマートフォンの広告で頻繁に目にする「FX」や「暗号資産」の文字に強く惹かれていったといいます。

 

「『レバレッジ』をかければ、元手が少なくても大きく儲けられる。暗号資産なら、一晩で資産が倍になるかもしれない。そう思ったんです。本を読んで勉強もしたつもりでしたが、今思えば完全にギャンブルでした」

 

健司さんは、妻の朋子さんに「NISAを始める」とだけ告げ、老後資金の一部、まずは500万円をFXの口座に入金しました。ビギナーズラックか、最初は順調でした。数日で数十万円の利益が出たこともありました。健司さんは、一気にのめり込みます。

 

「これなら、退職金すべてをつぎ込めば、自分も億り人になれる……そう、感じてしまったんですよね」

 

健司さんは、退職金から1,000万円を残し、残りの1,400万円をFXと、値動きの激しい暗号資産に投じました。もちろん、相場は健司さんの思惑通りには動きません。初心者が陥りがちな負のスパイラルに陥り、わずか数カ月で市場の急変に対応できず、強制ロスカットが続きました。

 

「こんなに簡単にお金がなくなるとは、思ってもみませんでした……」

 

妻・朋子さんに事実を打ち明けたとき、当然ながら彼女は「えっ?」とひと言発したきり、その場に崩れ落ちたといいます。

 

「『本当に申し訳ない』しか言えなかった。安定のために教員になったはずなんですが……あまりに投資については不勉強でした」