60代を迎え、夫が定年。年金生活が始まると、多くの世帯が家計の現実に直面します。「年金だけではお金は足りない。老後は大丈夫なんだろうか……」という漠然とした不安が、それまでの家計管理や夫婦の在り方の見直しを迫ることも少なくありません。老後の家計の現実と課題をみていきます。
今さら働けなんて…〈年金月18万円〉65歳夫の身勝手な一言。63歳専業主婦、40年ぶりに「ハローワーク」へ向かう (※写真はイメージです/PIXTA)

家を守り続けて40年。専業主婦、ハローワークへ

三田佳子さん(63歳・仮名)。65歳で完全リタイアした夫・浩一さん(65歳・仮名)と、夫婦2人暮らしです。結婚して40年。専業主婦として家事と子育てに専念してきました。

 

浩一さんは、典型的な「男は仕事、女は家庭」という考え方の持ち主。家計の管理もすべて浩一さんが担い、佳子さんは毎月決まった生活費を受け取るだけ。これまで、それで特に不自由を感じたことはありませんでした。しかし、浩一さんの退職で状況は一変します。浩一さんの年金は月約18万円。

 

「私の年金は、ほぼ基礎年金だけなので月7万円くらいでしょうか。夫婦で月25万円ほど。これで老後20年、30年と暮らしていけるのか、不安がないといえばウソになります」

 

佳子さんの胸に、漠然とした不安が広がります。貯蓄がどれくらいあるのかも、佳子さんは正確には把握していませんでした。老後への不安。それは仕事を辞め、収入が年金になった浩一さんも同じだったのかもしれません。ある日、浩一さんが、不意に口を開きました。

 

「そういえば佳子は昔、働きたいって言ってたよな。子どもが小さい頃だったか。俺も仕事を辞めて家にいるんだし、今なら、お前も働きに出てもいいんじゃないか? 少しでも家計の足しになるだろ」

 

悪気のない、むしろ妻を気遣うかのような口調。老後への不安を少しでも感じ取れたらよかったかもしれませんが、当然のように佳子さんは愕然としました。

 

「今さら、あなたがそんなこと言う?」

 

下の子が高校に進学し、子育てもひと段落したとき、佳子さんも働きたいと思い、浩一さんに相談したことがありました。家計に不安があるわけではない。ただ、子どもが親離れしていくなか、自身も社会の一員として働いてみたいと思ったという、純粋な気持ちでした。しかし、「何を言っている。佳子は働かなくても大丈夫。家を守ってくれていれば、それでいい」と、取り付く島もありませんでした。こうして、結婚して40年、家を守ることが自分の役目と割り切って生きてきたわけです。

 

「それなのに、今さら働けなんて……なんて身勝手な」

 

浩一さんへの怒りがふつふつと湧み上がってきましたが、ふと冷静になると、「確かに今後、家計は不安。このまま夫に任せきりで、不安を抱えたまま老後を過ごすのは嫌だ。せっかくの機会だから、大手を振って働きに出てみようかしら」と思い始めました。そして翌日には、40年ぶりにハローワークへと向かったといいます。