(※写真はイメージです/PIXTA)
退職金で描いた「ささやかな夢」の行方
先日60歳で定年退職し、現在は再雇用で働く清水修さん(61歳・仮名)。長年勤め上げた会社から支払われた退職金は、2,500万円。老後の生活を考えると決して十分な額ではないかもしれませんが、修さんにとっては、長年の労苦が報われた証でした。
「若い頃からバイクが好きでしてね。退職したら、中古でいいから少し大きめのバイクを買って、昔の仲間とツーリングに行くのが夢だったんです。100万円か200万円か……それくらいの、本当にささやかな夢です」
高校卒業後、地元の製造業一筋。直近の小遣いは月3万円。それ以外の給料はすべて妻の直美さん(57歳・仮名)に渡し、家計の管理は一任してきました。2人の子どもも独立し、これからは夫婦水入らずの生活が始まります。修さんは退職金が入金された通帳を手に、さっそく直美さんに夢を打ち明けたといいます。しかし、直美さんから返ってきたのは、想像もしなかった冷たい言葉でした。
「あなた、自分が何歳だかわかってるの、老後破綻する気? そんな道楽に使えるお金は、うちには1円もありません」
直美さんは、パートで月9万円ほどの収入を得ていますが、将来への不安は人一倍強い性格。修さんの提案を一蹴し、退職金2,500万円はすべて、自身が選んだ投資信託と定期預金に回すと宣言したのです。
「退職金はこれから20年、30年と続く老後のための大切なお金なの。バイクなんて、事故でも起こしたらどうするの。ポックリいったらいいけど、障害でも抱えるようなことになったら、余計にお金がかかるのよ」
直美さんの主張は、正論かもしれません。しかし、修さんには、自分の人生そのものを否定されたように感じられました。
「結婚して以来、必要最低限の小遣いで頑張ってきた。これでは少ないというときも、妻の意見を尊重してきた。家計をまわしているのは、妻だからね。でも退職金、それもほんの一部を自分のために使うというのは、おかしな主張ですか?」
「俺が稼いできた金だろ! 少しぐらい好きに使ったっていいじゃないか!」と、思わず声を荒らげた修さんに、直美さんは、「退職金はあなただけのものではない。あなたこそ、私がどんな思いをしてやりくりしてきたか、わからないでしょ」と一歩も引きません。その言葉に、修さんは返す言葉を失いました。
「まったく、俺は何のために働いてきたんだろう……」
その日以来、夫婦の会話は途絶えました。重苦しい空気が流れる家で数日を過ごしたある朝、修さんは、通帳と印鑑の一部をカバンに入れると、「少し頭を冷やす」とだけ書いたメモを残し、家を飛び出したといいます。