親を想うからこそ、最高の環境を用意したい。その一心で選んだ最新の設備が整った「終の棲家」。しかし、手厚いケア環境が、必ずしも本人の幸せに繋がるとは限りません。現代の高齢者の住まい選びに潜む、愛情ゆえの「誤算」について考えます。
何かの間違いでは…85歳・元数学教師の父に最新老人ホームを勧めた息子の悲しい誤算。「ここで死んでいくんだな…」とポツリ (※写真はイメージです/PIXTA)

85歳・元教師が老人ホームで痛感する孤独

「ここの平均年齢は88.2歳。要介護度は3.4。物事を数字で捉えるのが、長年の癖でしてね」

 

そう言って静かに微笑む田中和夫さん(85歳・仮名)。半年前から入居している、介護付き有料老人ホームについて、そう教えてくれました。元中学の数学教師だという和夫さん。年齢を感じさせない理知的な話しぶりと、すっと伸びた背筋が印象的です。

 

和夫さんがこのホームに入居したのは、海外赴任中の息子さんの強い勧めがあったからでした。昨夏、軽い心筋梗塞で入院。幸い後遺症もなく退院しましたが、遠方から案じた息子さんが「何かあってからでは遅いから」と、最新の医療・介護設備が整ったこの施設を契約したのです。

 

「一人暮らしを続けたい、という私の我儘より、息子の安心を優先しました。ビデオ通話越しに見た施設は清潔で、スタッフの対応も丁寧だった。息子の『父さんのためだから』という言葉に、私も納得したつもりでした」

 

しかし、入居してからの日々は、和夫さんにとって誤算の連続でした。身体的な不自由は何ひとつありません。食事も美味しく、スタッフも親切です。ただ、和夫さんが常に感じているのは「孤独」でした。

 

「入居者の方々は、皆さん穏やかで優しい。しかし要介護の方が多く、うまくコミュニケーションが取れないんですよ。私も多少は体が不自由になってきていますが、頭はクリアです。状況が違う人が多すぎて、ほとんど会話らしい会話もせずに1日が終わることもあります。ここで死んでいくんだな、と思うと、ツラくなってきます」

 

定年後も地域の囲碁クラブの世話役を務め、公民館で子どもたちに数学の面白さを教えるなど、老若男女とコミュニケーションを図ってきた和夫さん、ホームで毎日行われるレクリエーションは、塗り絵や童謡の合唱、簡単な体操が中心。充実した設備のなかで、好奇心は行き場を失っています。

 

「ここは学校ではないし、皆さん穏やかに過ごすために来ている。私が間違っているんです。でも、心が満たされない……息子は良かれと思ってここを選んでくれた。私も納得した。しかし、実際は違ったようです」