夫の定年退職は、夫婦にとって第二の人生のスタート。しかし、共に過ごす時間が増えたことで、これまで見えなかった価値観の違いや小さなすれ違いが表面化することも少なくありません。誰もが「おしどり夫婦」であり続けたいと願うもの。それにもかかわらず、長年連れ添ったからこそ生まれる溝とは、一体どのようなものなのでしょうか。
おしどり夫婦と評判だったが…〈退職金2,500万円〉60歳夫の定年退職から半年後、58歳妻が静かに〈離婚〉を切り出したワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

「最初の1ヶ月は、本当に楽しかったんです…」夫が気づかなかった妻の変化

「40年ほど働いた会社を定年で退職しました。老後のことを考えると不安がないといえば嘘になりますが、いずれにせよ、一度ゆっくり休みたいと思ったんです」

 

そう語るのは、大手メーカーを定年退職したばかりの木村正人さん(60歳・仮名)。妻の佳代さん(58歳・仮名)とは、周囲からも「おしどり夫婦」と呼ばれるような夫婦だったといいます。

 

しかし、定年退職から半年が過ぎたある日のこと。佳代さんがテーブルの上に一枚の紙を置き、静かにこう言ったといいます。

 

「離婚してください」

 

正人さんには、まったく心当たりがありませんでした。しかし、佳代さんの口から語られたのは、この半年間で少しずつ、しかし確実に積み重なっていった、絶望にも似た想いでした。

 

「後から妻に言われて気づいたのですが、私は一日中、妻の行動を目で追っていたそうです。彼女が趣味の陶芸教室に出かけようとすれば『今日も行くのか』と口を出し、友人とランチの約束をすれば『俺は何を食べればいい?』と不機嫌になるというのです。私にはそんな気はなかったのですが、妻にはそう見えていたようです。『四六時中、監視されているようで息が詰まる』と感じていたといいます」

 

私が仕事一筋だった長い間、妻は妻で地域に友人を見つけ、自分の楽しみを大切にしていました。地域の友人たちとの交流や、趣味のサークル活動。それが、彼女の暮らしの中心だったのです。私の存在が、その自由な時間を少しずつ奪っていくように感じて、強い不安を覚えていたそうです。

 

「この生活が、あと20年も30年も続くのかと思った時、目の前が真っ暗になった、と。老後は長い。別れるなら早いほうがいいと考えたようです」

 

正人さんは、夫として、そして父としての役割を終えた妻が、一人の人間として何を望んでいたのか、全く想像できていなかったのです。