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「家族のため」。そう信じて疑わなかった28年間の結婚生活
「夫は仕事、妻は家庭。結婚したときから、自然と役割分担ができていたというか、できてしまったというか……」
中本明子さん(53歳・仮名)。大手企業に勤め、60歳定年を控える夫・浩二さん(58歳・仮名)と、28年間の結婚生活を送ってきました。浩二さんの年収は1,500万円。周囲からは「エリートの夫を掴んだ勝ち組」と見られることも少なくなかったといいます。
結婚当初から、浩二さんは仕事一筋の男性でした。平日の帰宅はいつも深夜。休日も接待ゴルフや付き合いで家にいることは稀でした。二人の子どもの学校行事に参加してくれたことも、片手で数えるほどしかありません。
「色々と思うところもありましたが、これが夫婦、それぞれの役割なんだと自分に言い聞かせていました。夫は口数が少ない人でしたが、生活に不自由がないようにちゃんとお金を渡してくれていましたし、家庭を預かる身としては、特に困ったこともありませんでした」
家計の管理はすべて明子さんの役目。渡された給料から生活費や子どもの教育費を捻出し、残ればコツコツと貯蓄に回す。浩二さんの退職金も合わせれば、老後は安泰だろう。子育ても終わり、これからは夫婦水入らずで、穏やかな日々を過ごす――そんな未来を描いていました。
しかし「今後の話をしたいんだ。今夜、空けておいてくれ」と浩二さんが言った日を境に、状況は一変したといいます。浩二さんが話したいと言っていたのは、定年後のこと。
「定年後を見据えて、準備をしていきたい。私は十分頑張って働いてきたから、第2の人生を歩んでいきたい。君も、自分の好きなように生きたらいい。別れてほしい」
あまりに突然の申し出に、明子さんは言葉を失いました。何かの冗談かと思いましたが、浩二さんの目は真剣そのものでした。理由を問い詰めても、「価値観の違いだ」と繰り返すばかり。話し合いは平行線をたどり、やがて浩二さんは家を出ていきました。
そして2週間後、弁護士を通じて明子さんの元に分厚い封筒が届きました。中に入っていたのは、離婚協議の申入書と、財産分与の詳細が記された書類でした。
書類に目を通した明子さんは目を疑います。そこに記載されていた財産分与の対象額は、明子さんが想定していた金額をはるかに下回るものだったのです。
「結婚してから二人でコツコツ貯めてきた預貯金が、ごっそりなくなっているんです。おかしいと思って内訳をよく見ると、ほとんどの預金が『夫の特有財産』として、分与の対象から外されていました」
書類には、夫婦の総資産約6,000万円のうち、4,500万円が「夫の親からの相続財産及びその運用益」であり、特有財産にあたると記されていました。さらに、現在住んでいる自宅も、建物部分は共有財産と認められるものの、土地は浩二さんの父親から生前贈与されたものであるため、特有財産だといいます。
結果として、明子さんが受け取れる財産は、建物部分の評価額の半分と、共有財産と認められたごく僅かな預貯金を合わせた900万円程度。28年間、夫を支え、家事と育児のすべてを担ってきた対価がこれだけなのかと、明子さんは愕然としました。
弁護士を通じて浩二さんの真意を確認すると、衝撃の事実が明らかになります。浩二さんは結婚当初から、義両親の助言を受け、「万が一の事態」に備えていたというのです。給与が振り込まれる口座とは別に、相続した遺産を管理する口座を設け、生活費の口座とは決して混ぜ合わせることなく、徹底して管理していました。
明子さんに生活費として渡していたお金は、あくまで浩二さんの給与所得から。そして、残った給与と相続財産は、それぞれ別の口座で堅実に運用されていたのです。
「『何かあったときに、財産を取られないように』。結婚当初に、夫と義両親がそう話していたそうです。私の愛情や献身は、彼らにとって『何かあったとき』のリスクでしかなかったようです」