親の介護は、ある日突然、避けられない現実として子ども世代の前に立ちはだかります。生活や仕事のリズムが一変し、想像以上の精神的・経済的な負担がのしかかることも少なくありません。兄弟姉妹との温度差や、周囲の理解の乏しさも、当事者を追い詰める要因となります。支える人の「当たり前の暮らし」をいかに守れるか――そこに介護の本質的な課題が隠されているのです。
なんで私だけこんな目に…〈年金月7万円〉要介護の母を引き取った〈月収40万円〉42歳の長女。ついにブチ切れた「母のひと言」 (※写真はイメージです/PIXTA)

親の介護は突然始まる…大切なのは本人の意思

総務省『令和4年就業構造基本調査』によると、介護をしている人は629万人、そのうち仕事をしながら介護をしている人は365万人います。過去10年間の推移をみると、介護をしている人は、2012年から2017年にかけては70万人の増加。2017年から2022年にかけては1万人の増加となっています。このうち仕事をしている人は、2012年から2017年にかけては55万人、2017年から2022年にかけては18万人の増加。美里さんのようなケースは、決して特別なものではないのです。

 

では、実際に親の介護にはどれくらいの費用がかかるのでしょうか。生命保険文化センター『2024(令和6)年度 生命保険に関する全国実態調査』では、介護にかかった一時的な費用(住宅改修や介護用ベッドの購入など)の平均が47.2万円、月々の介護費用は平均で9.0万円という結果が出ています。芳子さんの年金月7万円では、この平均的な費用は賄えないのは明白。足りない分を子らが負担することも珍しくありません。

 

こうした負担を1人で抱え込まないために、知っておきたいのは「兄弟姉妹間での扶養義務」。民法では「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある」と定められています。美里さんの弟にも、法律上は母親を扶養する義務があるのです。とはいえ、法的な強制力は弱く、まずは話し合いが不可欠。感情的にならず、介護にかかっている費用を具体的にリスト化して提示し、金銭的な援助が難しい場合は、定期的な見舞いや行政手続きの代行など、役割分担を冷静に提案することが重要です。

 

また今のところ、芳子さんに変化は見られないといいますが、高齢者の環境の変化は「リロケーションダメージ」と呼ばれる心身の負担を引き起こし、不安や混乱、認知症やうつの悪化、あるいは発症につながるリスクがあります。大切なのは本人の意思。住み替えにおいては、環境の変化に関するすべての決定を、事前に本人と細部まで話し合い、納得したうえで進めることが大切です。

 

「ひとりで抱えすぎていた気がします。弟が経済的に大変なのはわかります。でも愚痴くらい聞けるでしょ。それに母は本当にどうしたいのか。私が色々と急かすから、何も言えなくなっているんじゃないかと……もう一度、仕切り直しができたらと思っています」

 

[参考資料]

総務省『令和4年就業構造基本調査』

生命保険文化センター『2024(令和6)年度 生命保険に関する全国実態調査』