(※写真はイメージです/PIXTA)
穏やかな老後の計画を打ち砕いた、1通の封筒
都内の中堅企業で働く青山健二さん(55歳・仮名)。定年まで5年、いよいよセカンドライフがより具体的に、輪郭を帯びてきました。恐らく、嘱託社員として働き続けることは確定でも、今よりも余裕ができる。今よりも趣味に興じることのできる時間が増えるだろう、たまには妻と2人で旅行にでも……そんなことを想像していましたが、半年前、85歳で父が亡くなったことをきっかけに、その計画はすべて白紙に戻ることになります。
「四十九日も無事に終わったし、少しずつ実家の片づけを始めようか」
週末、健二さんは兄の雄一さん(58歳・仮名)と実家の遺品整理に取り掛かりました。物静かで厳格だった父。その性格を最も色濃く反映している書斎は、ほとんど手つかずのままでした。「父さんの本は専門書ばかりで、どうしたものかな……」と、書斎を片付けていると、机の引き出しから1通の茶封筒を見つけました。宛名はなく、封もされていません。不思議に思い、そっと中を覗くと、震えるような筆跡で書かれた便箋と、2枚の書類が入っていました。
それは、まさしく父の字。
〈雄一へ。お前の事業のため、2,000万円を貸した。これは相続財産から差し引くこと。 父より〉
そして、もう1枚の書類は借用書。そこには、借主として雄一さんの署名と捺印がはっきりと記されていました。日付は10年ほど前のものでした。
「うっ、うそだろ……」
兄が事業で苦労している話は聞いていましたが、父からこれほどの大金を受け取っていたとは初耳でした。そして、それを相続財産から差し引く、という父の明確な意思。健二さんは混乱しつつも、事実を確かめるべく、雄一さんと向き合うことにしました。
健二さんはおそるおそる封筒をテーブルに置きました。 「兄さん、父さんの書斎からこんなものが見つかったんだ。これは、どういうこと?」
封筒の中身に目を通した雄一さんの顔が曇ります。いつもは温厚で、弟思いの優しい兄。しかし、その表情は明らかに狼狽していました。
「……なんだそれは。知らないな。父さんも晩年は少し物忘れがひどかったからな。何かの妄想だろう」
「でも、ここに兄さんのサインと判子がある」
健二さんが借用書を指さして食い下がった、その瞬間でした。雄一さんの表情が、見たこともないような恐ろしいものに変わったのです。
「しつこい! これは偽物だ! さてはお前、親父の金をあてにしているんだろ、みっともない!」
雄一さんは大声で怒鳴りつけ、健二さんの胸ぐらを掴むと、力任せに突き飛ばしました。尻もちをついた健二さんが見上げた先には、憎悪に満ちた目で弟を睨みつける、まったく別人のような兄の姿がありました。
この日を境に、兄弟仲は険悪になっていったといいます。