「終の棲家」として選んだ老人ホームでの穏やかな暮らし。それは本人にとっても家族にとっても、理想の晩年の姿に映るでしょう。しかし、誰もがその場所で安らかに最期を迎えられるとは限りません。理想と現実の間に横たわる、見過ごせない実情をみていきます。
「老人ホームは楽しいよ」と85歳父は笑っていたが…病院のベッドで「帰りたい」と泣かねばならなかった理由 (※写真はイメージです/PIXTA)

約6割が病院で死を迎えるという、日本の現実

現代の日本では多くの人が、本人の希望とは異なる場所で最期を迎えているという現実があります。厚生労働省『令和6年(2024)人口動態統計(確定数)の概況』によると、日本人の死亡場所で最も多いのは「病院」で64.4%、次いで「自宅」(16.4%)、「老人ホーム」(12.2%)と続きます。実に6割強の人が、病院のベッドの上で亡くなっているのです。

 

一方で、人々はどのような場所で最期を迎えたいと望んでいるのでしょうか。内閣府『令和元年版高齢社会白書』によると、60歳以上の人に、万一治る見込みがない病気になった場合、最期を迎えたい場所はどこかを聞いたところ、約半数(51.0%)の人が「自宅」と回答。次点となる「病院・介護療養型医療施設」(31.4%)を大きく上回りました。

 

この二つの調査結果から見えてくるのは、「最期は住み慣れた場所で」と願うも、「約7割が病院で亡くなっている」という現実との大きなギャップです。このギャップを生む一因として、本人と家族の意識のズレや、現実問題として医療行為を受けられる場所が限られている点などがあげられます。

 

田中さんのように入居している老人ホームを「終の棲家」として意識していても、「看取り対応可」の施設であっても、必ずしもそこで最期が迎えられるとは限りません。入居者の身体状況や症状が変化し、施設のサービスや設備では対応が難しくなった場合のほか、3カ月以上の長期入院が必要になった場合には、施設への復帰が困難と判断され退去を求められることがあります。

 

老人ホームを選ぶ段階で「看取りまで対応可能か」「どのような医療行為に対応できるか」などを具体的に確認したとしても、必ずしもその施設で最期を迎えられるとは限りません。たとえば、夜間の看護師配置の有無、経管栄養や喀痰吸引といった医療ケアへの対応範囲、提携医療機関との連携体制などを詳しく確認しても、状況によっては施設での対応が難しくなるのです。

 

そのうえで何よりも大切なのは、親子で終末期について話し合っておくことです。元気なうちに、もしものときにどのような医療やケアを望むのか、人生の最期をどこでどのように過ごしたいのか。本人の意思を家族がきちんと把握しておくことが、家族の後悔を減らし、本人の尊厳を守る最善の方法といえるでしょう。

 

[参考資料]

厚生労働省『令和6年(2024)人口動態統計(確定数)の概況』

内閣府『令和元年版高齢社会白書』