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ここが終の棲家だ…満面の笑みで語った父
「父は入居した老人ホームをすっかり気に入っていました。『気の合う仲間もできたし、毎日が楽しい。ここが俺の終の棲家だな』と、面会に行くといつもそう言って笑って迎えてくれました」
田中一郎さん(55歳・仮名)。1年前に父・健一さん(享年85・仮名)を亡くしました。健一さんが老人ホームに入居したのは、83歳の時。一人暮らしに不安を感じ始めた健一さん自身が希望し、家族も賛成してのことでした。
新しい環境に馴染めるだろうかという家族の心配をよそに、健一さんはすぐにホームでの生活に溶け込みました。趣味の囲碁仲間を見つけ、レクリエーションにも積極的に参加。スタッフや他の入居者からも慕われる存在だったといいます。
「父が心から楽しそうにしている姿を見て、私たち家族も本当に安心していました。穏やかな晩年を良い仲間たちと過ごせて、本当によかった――と」
一郎さんの言葉からは、当時の安堵感が伝わってきます。しかし、その平穏は突然、終わりを告げることになります。健一さんが些細なことがきっかけで体調を崩したのです。ホームの提携医の診察を受けたものの、継続的な医療処置が必要と判断されました。より詳しい検査と治療のため、病院への入院が決まりました。
「ホームの皆さんにはすぐ戻ってくるからと挨拶をしていましたし、父にも『ちょっと検査入院するだけだよ。すぐに帰れるから』とそう言って聞かせました。それが、父との最後の約束になってしまいました」
当初は気丈に振る舞っていた健一さんでしたが、入院生活が長引くにつれて、次第に元気を失っていきました。面会に訪れる一郎さんに、「いつになったらホームに帰れるんだ?」「みんな、俺のこと待ってるだろうな」と、繰り返すようになりました。
「ホームでは対応できない医療処置が必要な状態が続き、なかなか戻ることができませんでした。そうこうしているうちに、徐々に弱々しくなっていく父の姿を見るのは本当につらかったです。ベッドの上でただ天井の一点を見つめている時間が増えていき、大好きだったホームの仲間の名前を口にすることもいつしかなくなってしまいました」
家族として何とかしてあげたい。しかし、医療的なケアが必要な父をホームに戻す具体的な手立ては見つかりませんでした。時間だけが、無情に過ぎていきました。そして、入院から4カ月後。健一さんは、愛着のあったホームに二度と戻ることなく、病院のベッドで静かに息を引き取りました。
「最期まで『帰りたい』と言っていた父の願いを、私たちは叶えてあげられませんでした。あの時、もっと違う選択ができたのではないか。父が望んだ場所で看取ってあげられなかったという後悔は、今も消えることはありません」