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大手証券の扉を叩いた元公務員の誤算
長年勤め上げた市役所を退職し、手にした退職金は2,200万円。さらにこつこつ貯めてきた預貯金は1,300万円。計3,500万円の貯蓄は、元公務員の鈴木太郎さん(65歳・仮名)にとって長年頑張って働いてきた結果でした。
生命保険文化センター『2022年度 生活保障に関する調査』によると、老後の生活に「不安感あり」と回答した人は実に8割を超えます。「人生100年時代」といわれる昨今、鈴木さんもまた、漠然とした不安を抱える一人でした。
「少しでも資産を長持ちさせたい。インフレでお金の価値が目減りしていくのは怖い」。そんな思いから、鈴木さんはある証券会社の窓口を訪れることにしました。そこで鈴木さんを迎えたのは、爽やかな笑顔が印象的な若手社員の佐藤さん(仮名)でした。丁寧な言葉遣いと物腰の柔らかさに、鈴木さんはすぐに安心感を覚えたといいます。
「長年、真面目に働いてきた大切なお金なんです。ですから、とにかく安全第一でお願いしたい。元本が割れるようなことは、絶対に避けたいです」
鈴木さんの切実な訴えに、佐藤さんは安心させるようににっこりと微笑んでこう言ったといいます。
「もちろんです、鈴木さん。私どもがご提案するものは、その点を一番に考えておりますから。絶対に大丈夫ですよ」
その力強い一言に、鈴木さんは強張っていた肩の力がふっと抜けるのを感じました。佐藤さんは続けます。「おっしゃる通りです、鈴木さん。これからの時代、資産を『守る』意識は非常に重要です。しかし、ただ普通預金に置いておくだけでは、物価の上昇に負けてしまい、お金の価値が実質的に目減りしてしまう……いわば『守っているようで、実は失っている』状態になりかねません」
その丁寧で論理的な説明に、鈴木さんはぐっと引き込まれました。
「そこで、私どもが今、特におすすめしているのが、今話題の新しい技術分野に集中投資するタイプの投資信託です」
佐藤さんが差し出した分厚いパンフレットにはグラフや専門用語が並んでいます。
「これは単一の企業の株ではありません。世界中の有望なAI関連企業数十社に投資を分散させるものですから、ひとつの会社が不調でも他でカバーでき、リスクもかなり抑えられます」
佐藤さんはさらに続けます。
「もちろん投資ですからリスクはゼロではありません。ですが、このテーマの将来性を考えれば、1年後、2年後にご夫婦で世界一周旅行という夢も、決して大げさな話ではないと私は考えております。安全性を重視される鈴木様だからこそ、専門家が厳選した有望な分野で、しっかり資産を育てていく選択肢もご検討いただきたいのです」
佐藤さんの言葉は、鈴木さんの安全第一という気持ちと巧みに結びつけられていきました。そして退職金の半分である1,100万円で、その投資信託を購入する契約書にサイン。そして悪夢は、わずか3ヵ月後にやってきます。アメリカの金利上昇をきっかけとした世界的なハイテク株安の波が、AI関連セクターを直撃。ファンドの基準価額は暴落し、鈴木さんの資産は見る影もなく目減りしていました。
「リスクは抑えられるって言ったじゃないか!」。
鈴木さんの訴えに対し、返ってきたのは耳を疑うような冷静な声でした。
「ですから、分散投資でリスクは“抑えられる”とご説明しましたが、ゼロになるとは申し上げておりません。市場全体の動きは誰にも予測できませんから。投資は自己責任が原則です」